lisianthus.me.uk

index > fanfiction > ナデシコ > 約束の日 > 14,Dec;変わりなく

「ほんとに何もわからないですって……」
疲れ果てて力なく吐き出す。
硬い、いかにも座るだけの椅子が心地悪い。

「月面に何か思い出でもあるかね?」
ネルガルの係官も、最初の頃の口調ではなくなった。
「君は過去、月面へ来たことはないようだが」
「だから、わかりませんよ」
うんざりだった。
アキトも、ネルガルの係官も。

出口は依然、見えない。

機動戦艦ナデシコ - Blank of 2weeks -

約束の日

「もうすぐクリスマスね」
「そうですね」
何気ない一言に、特別な感情は含まれていない。
だが、アキトの返事は短いながらも、女医の呟きよりも遥かに多くの意味がこもっていた。

「あら、クリスマスは嫌い?」
「別にそういうわけじゃないす。ただ……」
「ただ?」
コーヒーメーカーに豆を入れながら聞き返す。
「わかってて言ってません?」
それには答えず、スイッチを入れる。
がりがりと豆を挽く音と共に、薫りが漂い始める。

4日前、ここで初めてコーヒーを淹れてもらった時、どうして静音式を使わないのかと尋ねたアキトに、
『この音がないと、コーヒーを淹れてる気にならないのよ』
と、笑っていた。
そう言えばイネスも、いつだったか同じことを言っていた。
わからなくもない。
料理人を目指すアキトには、むしろよくわかるのだが。

『イネスさん、わざわざ手で挽かなくても……』
『あら、ここが重要なのよ、手仕事ってとこがね』

イネスほどではないけれど、科学者というのはどこか共通する部分があるのだろうか、そう思ったアキトだった。

そんなことを思い出していると、
「はい」
目の前にカップを差し出される。
真っ白な、凝ったデザインも何もないが、どことなく優美な感じがした。
ふ、と目を上げる。
そこには手に取ろうとしないアキトを、不思議そうに見る茶色の瞳があった。

20代後半、だろうか。
いや、実際より若く見えるのかも知れない。
けれど、白い陶器に添えられたきれいな指が、彼女の内面に漲る若さを表していた。

「?どうしたの」
「あ、すみません」
慌てて受け取ると、ふ、と思い出したように聞く。
「あれ?いつもの助手の人はどうしたんですか?」
彼女は自分もカップを手に、椅子に腰掛けると、
「ああ、ヤマサキ君?彼、元々ここの人間じゃないのよ。一ヶ月間の期間限定でね、借りてただけ」
「借りてた?」
「ええ。ティコの基地で事故があってね、ディオファントスの医科大に応援要請したら、来たのが彼だったのよ」
コーヒーを一口含むと、直ぐに口を離し眉をひそめる。
「私としたことが……薄いわね」

「じゃあ、大学の先生なんですか」
惰性で会話を続けているだけだった。
彼とは殆ど会話もしていないし、医科大だから大学の『先生』だろう、そう思っただけだ。
「教授じゃないわ。助手よ、まだ」
彼女もまたさらりと答える。
そして、幾分真面目な顔つきになって、
「それ自体は早く終わったんだけどね。残務処理を手伝ってもらっていた時にあなたのジャンプがあったのよ。だからそのまま残ってもらって」
「え?」
「ああ、言ってなかったかしら。例のホラ、人型兵器。あれの爆発の影響でネルガルの研究施設にも被害が出てね、何人かが宇宙病になっちゃったのよ。
で、私にもヘルプが来たからそのまま彼に手伝ってもらってたわけ」
初耳だった。
ゲキガンガーが爆発したのは知っていたが、それによる被害が出たのは初めて聞いた。

「で、被害はどれくらいだったんすか?」
知らず、身を乗り出して聞く。
「ティコの病院に入院してるのは……20人くらいかしら。残念ながら亡くなった人もいたけれど……」
顎に手を当てて思い出すように数える。
けれどアキトは、胸が痛んだ。
自分がジャンプする時、どうしてこうも人の命と密接に関係しているのか。
火星でアイを守れず、フクベ提督を残し、そしてまた月面の人が死んでいる。
自分は、何度同じことを繰り返すのだろう。
何度繰り返しても、何も変らないのだろうか。

「そうすか……俺がもうちょっと……」
「ちょっと待って」
沈痛な面持ちで呟くアキトの声を、いつになく硬い口調で遮る。
「は?」
「まさかあなた、『俺がもうちょっと考えていれば』とか『ちゃんとジャンプしていれば』とか思っているんじゃないでしょうね?」
「え……」
図星だった。
予想外の反応に不意を突かれ、たじろぐアキトに彼女はぴしゃりと言い放つ。
「自惚れないで」
その声ではっとなるアキト。
「自分は何でもできる、とでも?死んだ人たちを自分なら、助けられたかも知れない?」
「でも!」
「人が死ぬのは悲しいわ。例えそれが自分の近しい人でなくとも。助けられるなら助けたいし、常にそう考えておくのも大事なことだわ。
でもね、ならあなたはそのボソンジャンプを受け入れているの?」

「俺は……」
「ボソンジャンプで人を巻き込みたくないなら、まずそれを受け入れなさい。自分がボソンジャンプした意味ではなく、まずボソンジャンプの解明に協力なさい。
後悔する位なら反省して、そして次に活かしなさい。できることに目を瞑っておきながら、できもしないことを望むの?あなたは」
「そんな!じゃあ、俺は何の為にジャンプしたんですか?!」
「意味が欲しいの?意味ばかりを求めて、これからのことに目を向けないんじゃあ、それこそ同じことをただ繰り返すだけよ!」

アキトには言葉もなかった。
納得したわけではない。
むしろ、彼女の言葉は全くもって正しい。

できもしないことをあれこれ悔やみ、自分の行動や運命に何らかの意味を見つけたがるだけでは、何も変りはしない。
けれども、それだけではやはり自分を納得させられそうになかった。
彼の耳にはまだアイちゃんの叫びが残っているし、フクベ提督の最後の言葉が離れないままだ。
そんな2度のジャンプで誰かが犠牲になり、そしてそれらをその目、耳に鮮明に焼き付けてきたアキトにとっては、女医の言葉だけで納得するには記憶の方が生々しすぎたのだ。

「それでも意味を求めるのなら、それはそれでいいけれど。でも……辛いわよ、全てに意味を求めるのは、見出した全てに責任を感じてしまうから」
黙ったままのアキトにそう言うと、彼女は残ったコーヒーを飲み干し、苦い表情をすると背を向けた。
彼女のタイプの音を聞きながら、アキトはまだ立ち上がれずにいた。

「なら、構いませんね?」
「ああ、もうこれ以上調べても無駄だろう。それに本社とも連絡が取れない以上、彼をここに留めておく理由はない。しかし、当てはあるのかね?」
「ええ。調べておきましたし。居住区の『ムラカミヤ』って定食屋、ご存知ですか?」
「ああ、有名だからな。ムラカミ・クレーターから取った名だろう」
「ええ。そこの亭主が火星で彼の近所に住んでいたそうです。本人にも了解を取ってあります」
「そうか。だが、何故医者である君がそんなことまで?」
「医者だから、ですわ」

14,Dec;変わりなく

≪あとがき≫
あうあう……。