fanfiction > ナデシコ > 約束の日 > 16,Dec;再会
未来というのは、その時に居合わせながら知らなければ、何の意味も持たない。
未来へ行き、全てを知ったところで過去の自分にそれを伝える術を持たなければ、単にあらゆる事象が手遅れであることをいつまでも認識し続けるだけでしかない。
同様に、過去へ戻ったとしても、何かを変える手段がないのであればこれから起こる出来事を知りながら立ち尽くすだけだ。
いずれにしても、歴史の流れから外れた岸辺で、異邦人が手をこまねいたままぽつんと立っているだけである。
そんなことにアキトは耐えられなかった。
機動戦艦ナデシコ - Blank of 2weeks -
約束の日
「久しぶりだなあ、アキ坊。あの頃はこんなちっちゃかったのになあ」
「うちの人ったら、会うの楽しみにしてたのよ。さっきからこればっかりだけど勘弁してやってちょうだい」
微かに残っていた記憶と合致したので、この2人に会った時アキトに混乱はなかった。
「もうじき久美も帰ってくるよ。アキちゃんは覚えてないかねえ」
「おばさん、ちゃん、は勘弁してくださいよ」
苦笑するアキトだが、最後に会ったのは彼らが月への移住を決めた12年前だ。
19歳のアキトにとっては何とも聞きなれない呼び方だが、仕方ないのかも知れない。
何故か純和風の作りが、それでもネルガルにいた頃よりはくつろいだ雰囲気を醸し出し、アキトは月へ跳んでから久方ぶりにほっとした気持ちになった。
食堂を手伝う時間や手順、昔の思い出話などをしていると、引き戸を開ける音がした。
数瞬遅れて、
「ただいまー」
どうやら久美が帰ってきたらしい。
少しのタイムラグがあったのは、恐らく玄関に見慣れぬ靴を見つけたからだろう。
それが証拠に、閉じた襖の向こうから声がした。
「アキトさん来てるの?」
「おい久美、ちゃんと入って挨拶しねーか」
父親が言い返すと、静かに襖が開いた。
学校帰りで制服のまま、鞄を抱えている姿が、アキトにはもの珍しく映った。
「久しぶり、久美ちゃん」
アキトが声を掛けると、
「あ、は、はじめまして」
「初めまして、じゃないだろ?アキちゃんとは火星でお隣だったじゃないの」
「でも、よく覚えてないもの」
「まあ、しょうがねーな。さて、俺達は厨房に戻るからな、久美、お前アキ坊の部屋に案内してやりな」
そんな会話を残して、2人は食堂へ戻っていった。
これから夜のための仕込みがあるからだ。
後に残ったアキトは、変らないね、そう言いかけた口を止め、居心地悪そうにもじもじとしながら座っている久美を見つめていた。
今高校1年。すると、最後に会ったのは彼女が4歳の時だ。
近所にそんな子がいたことは覚えていたが、顔まではよくわからない。
彼女は尚更だろう。
「あ、あの、アキトさん?」
「え?あ、ごめん」
考えながら眺めていた視線が不躾だったようだ。
不安そうな久美の言葉で慌てて視線を逸らし、ばつ悪そうに頭を掻く。
微妙な空気が流れ、何か話すことをお互いが探している。
「え〜と、久美ちゃんは手伝わなくていいの?」
ようやく捻り出した言葉は、何とも間が抜けているように感じた。
心中で苦笑する。
「うん、これから夕食の準備して、それから後片付けだけ手伝うから」
「え、そうなの?賄いじゃないんだ」
「うん。私の花嫁修業も兼ねてるんだって」
なら、店を手伝ったほうが余程効率的な気もする、そうアキトが思っていると、
「なんて言ってるけど、実際は他の人が作った料理が食べたいだけだと思うよ」
「へー、でも偉いね、久美ちゃん」
ここへきてようやく久美が笑顔を見せたのに安心したのか、アキトも明るい口調で言う。
「そうかな?アキトさんの方が偉いと思うけど」
「どうして?」
心当たりは全くなかった。
火星では開拓公社で働きながらのコック見習い、地球へ来てからは木星蜥蜴に脅えて何度も解雇される始末、そしてナデシコに乗ってからもコックとパイロットの掛け持ちで全てが中途半端なのだから。
そんなことまで久美は知らないだろうが、あまり誉められたことのないアキトはつい考えてしまう。
「だって、ナデシコでパイロットなんでしょ?みんなを守る仕事をしてるんだもん。よっぽど偉いと思うよ」
久美は特に考えて言ったわけではないだろう。
けれど、何気ないその言葉がアキトには痛かった。
みんなを守る、それがアキトにできたろうか。
振り返れば半生や後悔ばかりが累々と横たわっている。
アイちゃん、ガイ、火星の人々、フクベ提督、そして今結果がわかっていながらナデシコを、サセボの人々を救う手立てもなく立ち尽くしている自分。
そんな自分が久美よりも立派だなどと言えるのだろうか。
(俺は……そんなんじゃないよ)
言いかけて飲み込んだ。
久美に愚痴をこぼしたところで何かの解決になるわけではない。
考えて見れば、いつだって結局は人に頼ってきた。
何か辛いことがあるたびに、誰かにこぼし、弱音を吐き、支えてくれる人を求めていた。
メグミ、ユリカ。
彼女らの手を振り解いてアトモ社に向かったのは、そんな自分が一人で何かを成すことの出来る人間として立つためではなかったのか。
誰でも良かったのだ、自分は結局。
そこまで考えて、アキトは自嘲気味に口端を歪めた。
ボソンジャンプをしたからどうなったのか。
何も変わらない、いや寧ろ女医の言う通り意味ばかりを求めてできることから眼を逸らしている自分がいるだけではないか。
久美は目の前のことに何の疑問も不満も感じずに、できることをやっている。
彼女の笑顔がそれを証明している。
翻って自分は。
できもしないことを望んで行動もせず、頼れる人間がいなければゲキガンガーに逃げて、エステの操縦がうまく行かなければコックだと言い張り、戦闘を上手くこなせば「頑張る」。
いったい、何をやってきたのだろう。
だけど、まだだ。
まだ間に合う。
それでもやはり、助けられる人を助ける余地は残っているのだから。
ここでただ落ち込んでいるだけでは、今までの自分と何も変わらなくなってしまう。
今はナデシコに連絡を取ること、そして与えられたこの場所で、精一杯のことをしよう。
月。
2週間。
何の意味があるのか、それは今はわからないが、それでもきっとこの場所この時が選ばれたのには意味があるはずだ。
今はわからないけれど。
急に黙り込んだアキトを、久美は不思議そうに見つめていた。
16,Dec;再会
≪あとがき≫
えう〜。
ごめ〜ん、ほんと申し訳ない・・・(汗
この時期に2日おきはやはり無理があったのか……。
長編だからいいけど、短編だったら明日の朝にはハドソン湾に浮いてるよね、きっと。
(……なぜにハドソン湾??)
と、まあそれはそれとして。
アキトがずんどこ落ち込んでますが、TV版アキトの周りから賑やかなクルーを除いたらこんな感じじゃないかなあ?
次からは少しずつ変っていくはず!
だって、久美もいるし……だよね?(滝汗