fanfiction > ADZ > 郁乃との日々・番外編の弐
ただ痛みしか感じなかったそれが、いつしか愉悦へと変わっていた。
彼の手が動くたびに、私は声が漏れ出そうになるのをこらえる。
私は天井を見上げていた視線を下げると、照明に照らされぬらりと光を反射するそれを目にする。
潤滑油の役割を果たす液体に濡れて、彼の手が蠢く。
どこで覚えたのか、彼の指が的確に急所を攻めてくる。
いつからだろう、こんなにも心地よいものだと思い始めたのは。
いつからなのだろう、彼に触れられる事が喜びになったのは。
いつからだったのだろう、彼、貴明が……
「うむ、このオイル使うとやりやすいな〜」
足裏マッサージにアロマオイルを使うようになったのは。
ToHeart2 - 郁乃との日々・番外編の弐
書いたひと。ADZ
1/郁乃
春が過ぎ、退院した私は毎日リハビリのために歩行訓練してたりするわけですよ。
とある公園にて姉には黙って歩いていたら、大体一週間ほどまえだったかな?
いつの間にか貴明にばれて、今ではこうして歩行訓練後にマッサージしてくれるようになったわけ。
「郁乃、調子に乗って歩くからこんなになるんだぞ〜」
と、筋肉がこわばって硬くなっている人の足を揉みながら言ってくる。
「あんたはあんたでいつの間にか新しいマッサージの本まで用意してるじゃないのよ」
「どっかの誰かさんが姉には内緒にして欲しいと泣いて頼むもんだから、こうして出来る限り助けてやろうと……」
「誰がいつ泣いて頼んだか」
ジロリと睨むが、あいつはHAHAHAHA、と似非外人っぽく笑い容赦なく私のふくらはぎを揉み続けてくれる。
人が身動き取れないからって調子に乗りおってからに。
むむむ。いやしかし、今も本を見ながらとはいえ、随分と上手くなってるわね。もう少し他でその学習能力を発揮して欲しいものだわ。
退院後、車椅子で通学しているわけですが、私はリハビリメニューが決まっているにもかかわらず、独自に歩行訓練を始めた。
無理したって良い事ないのはわかっていたけど、それでもやっぱり一日でも早くまともに歩けようになりたかったから、姉には黙ってそれを始めた。
幸いというべきかなんというか、姉は委員会の仕事などがあるため、私は一人で帰宅することになる。
いや本来なら姉を待つなりするべきなのだが、どういうわけかこの男、河野貴明が姉に私を任されたとかなんとか言って、私の下校につきあってくれた。
で、私の自宅前にて別れた後、多少汚れてもいい服に着替えてとある公園にて歩行訓練を始めたものの無様にすっ転んでいましたらこの男がひょっこりと姿を現し、助け起こしてくれたり。
その時の貴明ときたら私に向かって、無理しなくて良いんだとか出来る事はしてやるからとかはいいとして、アホかお前はとか色々と言ってくれやがりましたよこいつは。
優しくしろとは言わないけどさ。甘やかされたくはないし。
そして気が付けば私は立ち上がれなくなっていた。
その日はやり始めだったこともあってか、必要以上に歩いてしまっていた。
まあ元々ろくに立っていられはしなかったけど、自力で車椅子に腰を下ろすぐらいはできてた。
それが疲労のしすぎでろくに力が入らなくなるとは思っていなかった私は、車椅子に向かうこともできなくなってしまっていたわけで。
それを目にしていたこの男のことだからリハビリメニュー以外の事をするな、と言ってくると思ってた。
けどそんな事は何も言わずに、今度から自分が付き合うから終わりにしろといったら終わりにしような?なんて言ってくれた。
どうして?やめろって言わないの?と聞いてみたらこいつ、「姉には内緒なんだろ?」とか言ってくれて、なんで判るのよと問い詰めてみれば、なんとなくだとか答えてくれるし。
とにもかくにもそんなことがあってから、私は貴明の自宅近くの公園にて歩行訓練を行い、その後貴明の家にて休息してから帰宅するようになっていた。
姉への言い訳としては友人宅によっているとしている。誰とは聞かれてないけど、そのうち確認してくるだろうからこのみに口裏を合わせてもらおうかな。
最初のうち私は貴明宅のリビングにて、自分で足や足の裏を揉みほぐしていたけど色々と疲労が溜まっていた私はすぐに疲れてしまい、十分にマッサージを行う前に力尽きてしまった。
それを見かねたのか貴明が、「良かったらだけど、本見ながら俺がやってやろうか?」なんて申し出てきた。
こいつ、女の子苦手とか言ってたわよねぇとも思ったけど、その時の私は疲労のためにどうかしていたのか、頼んでしまった。
いやもう、最初は痛かった。特に足の裏を指で押し込まれた時は、悶絶したものだ。
内臓が弱ってたり病気だと痛む、とか聞いたことあるけど実際のところどうなのだろう?心当たりありすぎて否定できないし。
その時貴明は痛がる私を気遣い、ごめんと謝りながらやめようとしたので私はいいから続けろと命じた。
後から聞いたらその時の私は目の端に涙浮かべながら精一杯眉尻を吊り上げていたらしく、断るに断れなかったとこいつは教えてくれた。
その後ぽろっとあれはあれで可愛かったげふんげふん、とか言葉をこぼしてはごまかしてくれて、私は私で頬を熱くしたりもした……て、これは忘れなさい。いいから。いや誰に言ってんのか自分でも判んないけど。
まあ、その後はもうなし崩し的といいましょうか、数日たった今では貴明のマッサージが日課になってしまったのですよ。
そして今日はどこから知識を仕入れてきたものか、アロマオイルで足裏マッサージなんて始めてくれたのです。
最初はぬるぬるして気持ち悪いかな、と思ったけど今はもう中々気持ちよく、うとうとしかけてたり。
「郁乃、オイル落とすからなぁ〜。て、郁乃?お〜い」
ん、ああ、オイル取るのね。ウン、任せた。
「何故にえらそうにする?ま、ちょっと待ってろ」
苦笑交じりに一言告げて、貴明はタオルを濡らしてそれをレンジにかける。
一分もしないうちに取り出すと、そのタオルの端をつまんであちち、なんていいながら少し冷ましている。
程よく熱が取れたところでそのタオルを私の足に巻きつけて、しばらく放置。
これが暖かくて気持ちよくて、自然と目蓋が下がっていく。
貴明が何か言ってる気がしたけど、ぽかぽかとして暖かいタオルのぬくもりに負けて私は意識を手放し、まどろみに落ちてしまった。
2/貴明
「おーい、郁乃〜?」
タオルを足に巻いてやり少し置いてからオイルを落としていたけど、郁乃の反応が無いので声をかけてみた。いつの間にか寝てしまったようだ。
他に誰もおらず、そこそこ親しいとはいえ男の前で寝てしまうとは警戒心が足りないのではないか?と不安になった。
けど不思議と悪い気はしない。それだけ俺に心を許してくれてるのかな、なんて思うとなんだか嬉しくなるし。
それは思い上がった考えかもしれないけど、その寝顔を見ていると俺は胸の奥に暖かいものを感じる。
すぐ起こしてやるべきなのかもしれないけど、その寝顔をしばらく眺めた後、郁乃の頭に手を触れた。
前髪を撫でつけ、起きないのを確認すると俺はキッチンに向かい今日の夕食のしたくを始める。
郁乃を家に送って行ったあとすぐ食べられるよう、ネギを刻んでおくのだ。
今日の晩飯は一人暮らし御用達、カップラーメンだ。しかも豚骨生姜味大盛り。今日は奮発してネギと瓶詰めメンマを足して食べるつもりだ。
ちらりとリビングに視線を向けて郁乃の様子を見て、何故か全身を満たしていく幸福感を感じながら、先日このみが置いていったネギを水道の水で洗うのであった。
このみの奴、他にジャガイモも置いていったのだが、これでどうしろというのだろうか?とそれは置いといて。
3/そしてまた郁乃
はっとして飛び起き家の外に目を向けると、大分暗くなっていた。
時計を見て寝てたのは二、三十分ぐらいかなと見当をつけて、まだ時間あるわねと貴明の姿を探す。
あいつは台所でねぎを刻んでいる。
何してんの、と声をかけてみると起きたのか、これは俺の夕飯の支度だ。おまえを送っていったら、まあ帰って来てから食べようかなと。
そう言ってカップラーメンを取り出して見せる大たわけ。なんでそんなもんで食事済ませようとするのよ。やっぱり私の相手してるから作る暇が無くなってるの?
「いやただ単に俺が料理できないだけだから」
そうよね、あんたが料理できるわけが無いわよね、と納得しそうになるけどそれで引き下がるわけにもいかない。
入院生活の長かった私としては、こんな栄養の偏った食事なんて認めるわけにはいかない。……カップ麺とかジャンクフードなんて食べたくても食べさせてもらえなかったんだからっ!(逆ギレ)
というわけで私がなんか作ってあげるから、それを食べなさい。その、一往世話になってるからそのお礼よ。
「な、なにぃっ!?料理できるのか郁乃っ!」
何よその反応は。私だって最近少しだけだけど姉に習ってるんだから。いくつか出来るわよ。
「例えば?」
おひたしとか玉子焼きとか。
「他は?」
……おひたしとか玉子焼きとか。
「それだけかいッ!俺だってそのぐらいなら出来ない事もないぞ、多分。さらに味噌汁と焼きそばならできるっ!」
威張るなその程度で。わ、私にだってそれぐらいできるわよ。ほら、作ってあげるからどきなさいよ。
「どいてもいいが、使えそうな物は何もないぞ?」
貴明を脇にどけて冷蔵庫を開けてみると、見事に食べ物が無かった。まあ卵とかならあるけど、これじゃ私にはお手上げね。
「まあ今日はもう遅いし、また今度にするということで」
仕方が無いわね。あんた、卵はあるんだからカップラーメンに入れなさいよ。明日は買い物するから、ちゃんと財布持ってくること。
「はいはい」
そうして私は帰路につく。姉と鉢合わせしないよう、家の近くで別れる私たちだった。
4/また郁乃。でもって後日。
「郁乃〜、最近河野君とはどうなのかなー。お姉ちゃんにちょーとでいいから教えて欲しいなぁ〜」
やたら上機嫌の姉に捕まっているわけです。
あの次の日からは貴明に適当に食材を買わせてあいつの家により、それから歩行訓練を十五分ほど行ってからマッサージをしてもらい、その後私は本を見ながら簡単なものを作ってやって帰宅、という事を繰り返してた。
……最初のうちは焦げてたり火が通ってなかったり食材がきちっと切り分けられてなかったりしてたけど、最近はましになってきてる。
そして今日は学校の仕事がなく暇なのか、姉に捕まってしまったわけで。
それでなんであいつとの仲を聞かれるのかな。
「だからね、貴明とはなんでもないんだってば」
と、弁明はするのだけどニタニタして聞いてくれないし。
「でもー、放課後は河野君といつも一緒なんだよねぇ〜。柚原さんに聞いたところによると」
く、あの子余計な真似を。まあいいか、と口裏あわせを先延ばしにしていたからこんな事に。そりゃこのみの住んでる近所で毎日のようにあいつと一緒に居たら、いつかはあの子にだって気付かれるわよね。
「毎日お夕飯を作ってあげてるって聞いてるよぅ〜。もう、お姉ちゃんにまで隠さなくっても良いのに。この照れ屋さん♪」
「だから人のほっぺたつつきながらニタニタするなぁぁぁぁぁ!!」
姉には歩行訓練の事は秘密だから本当のこと言えないし……なんで私がこんな目に。
……そうだ、貴明のせいだ。あいつに責任取らせよう。クックック。駅近くの喫茶店のパフェがおいしいとか聞いたことあるわね。今度それを奢らせよう。
そんなふうに計画を練りながら、姉からの追求を聞き流そうと無駄な努力をする私だった。
……結局のところ、私はあいつと一緒にいたいだけなんだと気が付くのはもっと後の話。
それこそパフェ奢らせているところをよっちたちに目撃されてデートだなんだと騒がれたり、覚えたてのちょっと難しい料理のためにあいつと一緒に買い物をしていたら姉と遭遇したりしても認めず散々否定し続けて、何ヶ月も経ってからの事だったりするわけです。
誰よ、ツン期だなんて言うのは。私そんなんじゃないってば。違うんだからねっ!!
おわり。
ADZのお礼参り(色々とマテ)
今回のお話はみみかきより以前の話という事で。
そしてまたしょうもない内容ですが、わずかでも楽しんでいただけたのなら幸いです。
ここで一つ、ADZのTH2SS執筆の姿勢?を。
基本的にADZが書く話の世界観は、「PS2版ToHeart2およびToHeart2 XRATED本編から読み取れる情報+α」で構成されています。
他の媒体などで提示された設定などは多少は参考にすることもありますが、基本無視です。なので郁乃関係で色々と食い違っていても気にしないでね、ということで。
特に誰かに何か言われたというわけではないのですが、多少気になっていたのでここで言い訳の一つでもしておこうと思ったわけで。
いやなんというか、私は小心者なので。
さて、本日はこのあたりにて退散いたします。
ではまた、いつの日にか。
いやもう無理。
というわけで、らいるです。
ツンだくで、というのが好みの人もいるそうですが(何の話だ)。
私的には郁乃の
>散々否定し続けて、何ヶ月も経ってからの事
辺りが……ええ、ツン6デレ4が程好いかとw
ADZさんの郁乃は——貴明もそうですけど、こう何て言うか、もどかしさがもどかしいですね。って何言ってんだ私は。
とりあえず次のもどかしSSを悶えながら待つとします。