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「タカくんの半分は優しさでできてるけど、もう半分はいじわるでできてるでありますよ」
「はあ?」
朝、ドタバタと出てきたと思ったら、いってきますも言わずにずんずんと歩き始め、ようやく振り返った瞬間にこのみの口から出てきた言葉は貴明の思考回路を停止させるものだった。
「むぅ〜」
頬をふくらませて怒るこのみに、貴明は「は『あ』」の形に口を開いたままで考える。
——もしかしてアレだろうか、あまりに寝起きの悪いこのみに呆れ果てた春夏と2人で相談の末、一回くらいは置き去りにしてみようと先に行ってしまったことか。
だがそれは、真っ赤なフェラーリも青くなるっちゅうねん、てくらいにもの凄い速さで駆けて来たこのみに追いつかれたことで、あまり意味のないことだとわかったのだが。
——いやいや、もしかしたらアレか。この間のお泊りで張り切って洗濯したのに、翌日帰ってきた春夏に事情を説明したら、このみが叱られたことか。
それも仕方ないことだろう。漂白剤と整髪剤を間違えて、貴明の制服のシャツが、がびがびになってしまったのだから。
——となると、アレか。一昨日一緒に帰った時、無理矢理おごらされたアイスクリームをこのみに渡す前に食べてしまったことか。
これとて理由はある。だいたいあれはもうその日5つ目だったのだから。夕食が食べられなくなったこのみは言うに及ばず、春夏による恐怖の折檻は貴明にまで及ぶのだ。
「うーん……」
ずんずか歩いていくこのみの後姿を見ながら、貴明は唸る。
わからない。このみは理由のあることについて、後に引きずるような子ではない。自分が悪かったとわかれば素直に謝るのだし、ここまで思い当たることはすべてそれに該当した。

いつの間にか環と雄二との合流地点に着き、何事かを相談しながら歩く2人の後ろを少し離れて歩きながら、
「なあ、雄二」
「ん、何だよ。ようやく還ってきたか」
「なんだ、それ」
「いやさっきまでお前、うんうん唸ってばかりでまともに返事もしなかったろうが」
「ああ、そうか。それはママン」
「は?」
「いや、スマン」
「……で?」
「スルーかよ。いやな、このみがかくかくしかじか」
「ほほう」
「で、どう思う?」
「そうだなあ……って、かくかくしかじかで分かるか、ボケェッ!」
「流れ読めよ」
男2人の夫婦漫才をしながらも、結局謎のまま校門を潜った。

ToHeart2 - 残り半分は?

異変は休み時間から始まった。
「さて、と。何を飲むかな」
体育の後は喉が渇く。それは秋だろうが関係ない。
雄二と2人で連れ立って渡り廊下まで来た貴明はポケットをまさぐって100円玉を取り出すと、「あれ、あれ?」とポケットをひっくり返す雄二を尻目に、ちゃりんと自動販売機に入れる。
「炭酸って気分じゃないな。ていうかそれ以前に置いてないし。コーヒー、はちょっと重いし、ゴーヤ青汁……は論外、と」
左上から順に見ていく。目に留まったのは下の段左から2番目、ストレートティーだった。
「ん、まあコレだよな」
「ちょ、おい待て貴明!お前が買うとなぜか売り切れになるというジンクスが……」
「知るか。買いたかったら早く探せよ」
慌てる雄二に冷たく返答すると、貴明の指先は紅茶のボタンに触れようとした。
その瞬間。
「ん?な、なんだ?」
「このもの凄い足音は……」
思い当たった貴明が振り向くとほぼ同時に、ど凄ぇブレーキ音とともに砂煙が舞い上がる。
「ぶへっ!げほっごほっ!」
「なっ、こ、このみっ?!」
咳き込む雄二と驚く貴明。
目の前に突如現れたとしか言いようがない、というか人間らしい登場の仕方をして欲しいと貴明が心から思ったかどうかはともかくとして、このみは無言でボタンを押す。
がちゃこん。
「うわっ!このみ、ちょっと、イチゴ牛乳はないだろう……」
体育で汗をかいた後にイチゴ牛乳はきつい。ゴーヤ青汁よりはマシだけれど、乾いた喉に流し込むものでないことだけは確かだ。
微妙な顔つきで、それでも午前中に200円も注ぎ込むほど財力に余裕のない貴明としては、トホホな表情で飲むしかないと腹を括る。仕方ないなあ、と手を出すと、
「……へ?」
ぺりっ。
ぷすっ。
ちゅぅぅぅぅぅぅ……(中略)……ずずずずずっ。
べこん。
呆然と眺める貴明の目の前で、今、彼の資金で購入されたブ○ック・パック、イチゴ牛乳税込み100円は見る見るうちにその箱を細らせ、豪快にこのみの中に納められていった。
「……あ、あの、このみサン?」
「なんだあ?どうしたんだよ、ちび助」
さすがにヘンだと思った雄二が聞いても、このみは何も答えず。
「ふふぅーん」
それは笑いか?笑いなのか?まさか冷笑のつもりか?と心中で突っ込みたくなるような笑みを満足気に浮かべる。
「……えーと。あー……まあなんだ、雄二?」
「いや、そこで俺に振るなよ」
困惑を深める2人。
胸を反らして得意げな表情を浮かべるこのみ。
何をどう突っ込めばいいのかわからない彼らは、このみとお互いの顔をちらちらと見合わせて、とりあえずこのみの次のアクションを待つ。もはや、怒る気力もない。
「あ、チャイム」
気がつけば予鈴が鳴り、それと同時にこのみは一瞬だけ不満そうな顔をすると、来た時と同じくらいの見事な猛牛っぷりで去っていった。
「さて」
先に正気に戻った雄二が、ようやく見つけた100円を投入し、幸いなことに残っていた紅茶のボタンを押す。
「……雄二」
「知るか。欲しければ自分で買え」

次の異変は昼休み。
「貴明、ダッシュで行くぜ!」
「おう!」
委員ちょの号令が終わるや否や、猛烈なダッシュをかける。今日から環たち3年生は午後から特別講習で、時間が微妙にずれるため先に食事をとっている。学校行事では仕方なく、環も随分とぶつくさ言っていたが、今日はこのみと3人でとることになっていた。
「うわあ。3年がいなくても相変わらず凄いな、ここは」
「だなあ。姉貴の弁当でもこういう時には有り難味を感じるよな」
言いながら人混みを掻き分ける。
ぐいぐいと圧し進みながら目指すは購買のおばちゃん、もとい、パンの山。
「あれはっ!」
人の垣根から見える、輝く三角形。
スタートダッシュによっては入手困難な、ミックスサンド。
「おばちゃんっ!ミックスサンドとカレーパン、ナイススティックー!!」
「おい、最後、それかよっ!」
隣で突っ込む雄二を無視して、目当てのものを奪取。誰が何と言おうとうまいものはうまい。文句あるか。

「ふぃ〜、いやあ参った参った。でもま、お互い目当てのものが買えて良かったな、貴明」
「うん、全くだな。とは言え雄二……人のこと言えないだろ」
ぴ、と指差す先には捻り平たいパンの上に白い砂糖のライン、ミニスナックゴールド。
「いいじゃねぇか、好きなんだよこういうの。姉貴が帰ってきてからこっち、全く食べられなかったんだからよ」
「それならナイススティックの方が懐かしさという点では上だろう」
「なにをっ?旨さで言えばミニスナックゴールドだ!この砂糖がたまらん」
「むむむ……」
「ぬぬぬ……」
睨み合う事数瞬。数秒すらもたない。
「……うん、まあその、なんだ」
「……お、おう。とりあえずちび助のとこに行くか」
指摘しあうのも不毛な気がして、とにかくこのみの待つ屋上へ。風が冷たくなってきたとは言えまだ10月末。冬服でいれば外の風も涼しいという程度。むしろこれくらいがちょうどいいのかも知れない。
「んー、だいぶ涼しくなったなあ」
人数もだいぶ減った階段を上ると、ドアを開ける。風を受けた雄二が前髪をなびかせながら大きく息を吸って言う。まったくだ、と心中で同意しながら屋上を見渡すと、
「お、いたいた。このみー」
「あ、タカくん、ユウくん」
ぼんやりと金網の向こうを眺めていたこのみが、ぱたぱたと駆けてくる。
休み時間、ソニックブームすら起こしそうな走りを見せたこのみと、同一人物とは思えない。しっぽがあれば確実に振っているだろう。
「悪ぃ、遅くなったな。さ、食うか」
3人で三角形を作って座ると、貴明と雄二はさっき買ってきたパンを、このみは春夏手製の弁当を広げる。
「さて、いっただっきまー……」
「……じー」
「ーす……って、このみ?」
順番は決めてある。
当然のことながら、カレーパン→ミックスサンド(ツナ→ハムチーズ→タマゴ)→ナイススティックだ。ツナとハムチーズの順番は変えられても、それ以外は変更の余地がない。古より長い歴史とともに守られてきた、高校購買パンの鉄則である。
……どうでもいいことであるが。
それはともかくとして、カレーパンを食べようとしている貴明の動きを止めたのは、このみの凝視だった。
「……間抜けな図だな」
雄二が呟くまでもない。そんなことはわかっている。
カレーパンを食べようと口を空けたまま固まっている様は、その通り「間抜け」以外の何者でもない。
「じーーーー」
「いやあの、このみってば」
「じぃぃぃぃぃぃぃ」
「ほう、長音から促音になったか」
「無駄なところで賢いな、雄二」
「じぃぃぃぃーーーーーー」
「ふ、成長したなちび助も。両刀使いとは」
「や、突っ込みどころ、そこじゃないだろ」
昼休みの屋上に、実に間抜けな図と会話が広がる。空はこんなにも高く澄んでいるのに、なぜだか酷く切ない間抜け時空。

その間延びした空間を破ったのは、このみだった。
「も〜らいっ」
「おあっ?!……俺のタマゴサンド!」
ひゅ、と音がするほどのスピードで横合いからかっさらう。貴明の台詞に間が空いたのは、瞬間の視覚だけではこのみが何をとったのかわからなかったため。東鳩なのに猛禽類な、このみ。
「タマゴサンドは大好物なのでありますよーえへへぇ」
嬉しそうに頬張るこのみに、またもや男2人は顔を見合わせる。
「おい、ちび助ってそんなにタマゴサンド好きだったっけか?」
「聞かれても。ていうか、雄二のそれ、くれ」
「ざけんな」
「タッマゴ、タマゴ、タ〜マゴサンドはジンギスカ〜ン♪」
「「おい」」

そして放課後。まだまだ、このみの奇行は続く。
「帰ろーぜ、貴明」
「ああ悪い雄二。今日は約束があるんだ」
「ん、そうなのか?んじゃま、一人で帰るか。どうせこのみはお前のこと待ってるんだろうしな」
「悪いな」
「いーって。んじゃな」
後ろ手を振りながら雄二が教室を出ると、すぐに続くようにして愛佳がドアのところで貴明に目配せをして出て行く。
別に合図など必要ないのだが、何となくこうなってしまっている。毎週木曜日の、今までの2人にすっかり元気にな(り過ぎ)た郁乃を加えたお茶会の開催。
後で行くよ、と貴明も目で合図を返す。愛佳は微かにほほ笑んで教室を出て行った。
「さて、と」
俺も行くか、と鞄を手に教室を出ようとした貴明の前に、
「どわぁっ?!」
銃口。
が、よく見てみれば緑色、しかも穴が小さい。
「なんだ、水鉄砲か……このみ、何してるんだ?」
「……ま」
「ま?」
下を向いていてもわかる、ツインテールに桜色のリボン。間違いなくこのみなのだが、何だか様子がおかしい。いや、様子がおかしいのは今日一日中そうだったのだが、この雰囲気は……
「あ、そうか。瑠璃ちゃんとこんなことあったなあ」
ひとり納得した貴明の前に、がばっと顔を上げたこのみ。
「あれ?なんか、嫌なデジャビュが……」
果たして。
「ごーかんまー!」
「ええええええっ?!」
叫び声と同時に放水。間一髪避けた貴明は、何が何だかわからないまま、逃走を始める。
もちろん、例の恐ろしい追い足で迫るこのみ。
「タマお姉ちゃんを返せぇぇぇっ!」
「なんじゃそりゃあああああっ?!」

「……た、ただいま……」
訳もわからないまま、このみに追い回された貴明は、自宅のドアを開けると同時に玄関に倒れこむ。
あのこのみの足から逃げおおせたのは、奇跡に近い。愛佳にお茶会に行けなかったことを謝らなきゃ、と思いつつも、今はもうただこの奇跡に感謝を捧げるだけだった。
もはや疲労困憊。
だから彼は、鍵を使わずにドアが開いたという事実にすら気がつかなかった。
「なんなんだ、今日のこのみは」
変だとか何だと言うレベルではない。理解不能だ。
朝っぱらから怒っていると思えば、休み時間にはジュースを先に買って由真みたいなポーズで勝ち誇るし、昼休みにはタマゴサンドを奪い取って花梨のような歌を歌うし、放課後には瑠璃と同じ台詞を言って追い掛け回してくるし。
「……ん?」
由真みたいな。
花梨みたいな。
瑠璃みたいな。
妙な違和感を覚えてこのみの行動を振り返ろうとしたが、本能というか意識下というか、とりあえず環に鍛えられたおかげで研ぎ澄まされた感じの何かが考えることを拒否した。
忘れた方がいいような気がするのだが……
「はは、まさかね」
ぐったりとして廊下に身を投げ出して、ごろりと仰向けになる。

「お帰り、うー」
「……もう勘弁してくれ」

「やっぱり姉貴の差し金かよ」
「失礼ね。このみの相談に乗っただけよ」
「あのな、姉貴。貴明を振り向かせるためにってんなら、貴明が他の女子とやったことを、このみが他の男子とやらなきゃならねぇだろ。でなきゃ、貴明が嫉妬して、って筋書きにならないじゃねぇか」
「そうよ。だからこのみに教えてあげたのよ。『タカ坊がしたことと、同じことをやったらどうかしら』って」
「……はぁぁぁぁ……」
「なによ雄二」
「姉貴よぉ、あのこのみだぞ?」
「ええそうよ。このみの半分は愛くるしさで出来てるんだから、そんなこのみが他の男子とタカ坊みたいなことしてたら、さすがのタカ坊も」
「いやだからさ。それだよ、それ」
「なによ」
「ちび助の半分は愛くるしさでできてるってのはまあ、認めるさ。で、もう半分はなんだよ?」
「……天然、かしら」
「半分正解、半分不正解」
「じゃあ何よ」
「勘違い、もしくは暴走でできてるんだよ」

後日。
その半分の愛くるしさで、結局はストレートに迫った結果、貴明が一瞬で陥落したとかしなかったとか。