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それは春休み、4人で出かけたショッピングから始まった。

「えぇっ?こ、こんな高いの、私には似合わないよ〜」
「そんなことないわ。これくらい、このみの年だったらもう身につけてもいいと思うわよ。ね、雄二、タカ坊?」
「え?ああ、うん、そ、そうだね」
「……タカ坊?ちゃんと聞いていたのかしら?」
「も、もももも勿論、ちゃんと聞いてたよ。うん、聞いてた」
「あらそう。じゃあ……」
にやり。
ぴきーん。
最初のにやりは環、後のぴきーんは貴明が何かを察知した音。とはいえ、察知したから危機を回避できるというわけではない。特にこの人相手には。
「じゃあ、どれがいいと思う?」
ここはショッピング街のファッションモール。目の前の店には、ブランドものの洋服がずらり。場所と話の流れから、恐らく環かこのみ、どちらかの洋服の話をしていたのだろうと思う。
思うのだが……。
「えーと」
ちらちらと雄二に救いを求めるも、
「ヒュー♪」
あからさまに口笛を吹きながら知らん顔。
裏切り者ー、と心の中で叫んでみても今目の前の危険が去った訳ではない。ちくしょう、2人の名前を呼ばれたのだから雄二が返事をするまで待てば良かった、そう思う。心底思う。
「えーと……そうだね、そっちのベージュのかなあ」
名前を言わなければ、どっちに似合うか曖昧にできるだろう、そう思って色も無難にしておいた。
「へぇ。そう、タカ坊はこういうのが好みなのね」
「ああ、うん、そう、そう、そういう大人っぽいのが似合うと思うよ」
雄二は、嵌められたな貴明、と心の中で合掌した。環の言葉が思いの他優しい口調だったので、貴明は思わず口が滑ってしまっている。優しい口調と「こういう」という指示語、更に「〜なのね」と曖昧な疑問で尋ねてくる辺り、やはり環は雄二や貴明にごまかし切れるような相手ではない。
「このみ、タカ坊もこのみには大人っぽいのが似合うって」
「え?えぇぇぇぇっ?!」
「そ、そっかなあ。でもでも、タカくんが言うなら……」
「あ、いやその、このみにはもうちょっと可愛い方が……」
「あぁらタカ坊?さっきまでと言ってることが違うわよ」
「え、あ、う、あの」
「なにかしら。まさか、本当は聞いてなかったとか?」
ぎらり。
びくーん。
これももちろん、最初のは環の眼光、後のは貴明の心臓。
「あうあうあう」
もはや溺死寸前の間抜けなオットセイのような声しか出せない貴明に、救いを差し伸べたのはこのみだった。
「でも、やっぱり私、もうちょっと大人しいのがいいな。あのね、タマお姉ちゃん、タマお姉ちゃんが前に着てた服、あれが欲しいな」
「え?でも折角だから新しいのを買ってあげるわよ」
「ううん、私、タマお姉ちゃんが着てたのがいいよ。一緒のを、着てみたかったんだー」
「……もうっこのみったらほんっとに可愛らしいんだから!」

白昼堂々、往来で百合な世界を繰り広げる2人。お姉さまっこのみっ、みたいな。
そんな世界を見ながら貴明はほっと胸を撫で下ろし、雄二はそんな貴明をにやにやと見ていた。
とは言え、そんな余裕な雄二にもオチは用意されているわけであったが。

ToHeart2 - はやく大人になりたいでありますよ

そしてその翌日。
「さあ、じゃあ始めるわよ。そっちの行李は雄二のだから、ばんっばん捨てていいわ」
「ってヲイっ!!」
「私のは、そっちからそこまでね。服は多分、これとこれに入ってると思うから、このみはこの2つを整理してね。欲しい服があったら、そのままよけておいていいわよ」
春の陽光が降り注ぐ向坂家の縁側。
そこにずらりと行李を並べて、早速このみのお目当ての服探しが始まっていた。
さすがに旧家の向坂家だけあって、雄二や環の日常使う服はクローゼットを利用しているが、保管用には行李を使っているらしい。貴明やこのみは滅多に見ない収納用品だ。
「んー、じゃ、まあ仕方ない。始めるとすっか」
環が戻ってきてから、あれやこれやで引きずり回されて「楽しい春休みはどこに行った」とぼやきつつ忙しい毎日を送っていた2人にとって、今日はまだ楽な方だった。雄二にとってはいずれやらなきゃいけない整理を今日やるというだけだったし、貴明にとっても先日の失言から救ってくれた要因たるこのみの服探しなのだから、文句をつけようがない。
幸いにも好天に恵まれ、このみの服探し・イン・向坂家は暖かい陽射しの中で始まった。

「ねぇねぇタカくん。これなんてどうかな」
「うー、あー、まあ、いいんじゃないかな」
「むー。ちゃんと見てよー」
探し始めて数分。次々に広げる服を環とこのみが選り分けつつ、雄二の行李を整理している貴明たちに話しかける。
単なる古着だったらどうということもないのだが、知り合いが着ていた、という事実に貴明の顔が赤くなる。そりゃ子供の頃は子供だけど、などとぶちぶちと口の中で呟き、今の環のプロポーションを頭から消そうとするけれど、あまり効果はなかった。
「あぁ〜ら、タカ坊。何を照れちゃってるのかな?」
「た、タマ姉っ」
そして当然のことながらそれを見抜かれてしまうのであって。
「もしかして、この服にタマお姉ちゃんの身体が包まれていたなんて想像しちゃったりして?ダメよタカ坊、いやらしいこと考えちゃ」
「そそそそそそ、そんなことっ!」
「タカくん、えっちでありますよー!」
「いやだから違っ!違うんだってば!」
「あら、じゃあどうして耳まで赤くなってるのかな〜」
「たたたたた、タマ姉がくっつくからじゃないかっ」
「……なあ、早く終わらせようぜ」

わいわいと貴明をいじくり倒しながら整理しているうちに、太陽はだいぶ高くなっていた。
「姉貴のって、こんなに少なかったっけか」
雄二が首を傾げるほど、2つの行李を開けてみてもこのみに似合う服はそれほどなかった。
「うーん、今のタマ姉の格好に近いのが多かったね。そうなると、このみにはぴったりってわけにはいかないしなあ」
貴明も座り込んで天を見上げる。照れたりいじられたりで、何だか疲れた。
「そうね、私ももうちょっとあったと思っていたんだけど……変ねぇ」
「あれ?タマお姉ちゃん、こっちのは?」
3人で広げた服を見ながらこぼしていると、このみが雄二の側に置いてあった行李を開ける。ちなみに雄二の方はまったく進んでいなかった。
「どれどれ」
「そうだったかしら」
「っておい!ホントだ。これ、姉貴のじゃねぇかよ」
ぞろぞろと移動して、開けられた行李の中を覗き込む。
そこには確かに、雄二のものとは思えないというか、これが雄二のものだったら嫌さ倍増って感じの服がぎっしり詰まっていた。
さっきまでの2つと違い、どちらかと言えば女の子女の子した感じで、色もパステル調から落ち着いた色まで揃っており、かなりの数が畳まれている。その中のひとつを引っ張り出したこのみが、広げて自分にあててみる。
「おお、ぴったりじゃないか、このみ」
「あらホント」
「ふーん。でも姉貴ってこんな服持ってたか?」
「えへへぇ。タカくんどう?似合ってる?」
雄二にも貴明にも、環にすらあまり記憶にない服だが、向坂家で女物の服を着用するのは当然のことながら環のみ。恐らくそれほど着る機会がなかっただけだろう、とそれぞれ納得しておいた。それならば環用としてまとめられていた方に、この行李がなかったのも頷ける。
「うん、いいんじゃないかな。さっきのより似合ってると思うよ」
「うわぁい。ねぇねぇタマお姉ちゃん、着てみてもいい?」
「いいけど。このみが着てみたかった服、この中にあるのかしら」
「探してみるよー。あ、でもね、これもいいなあ」
ワンピースやらチュニックやらスカートやら。わいわい言いながら漁り始めた環とこのみを、貴明と雄二はぼうっと眺めるのみ。
何だか入っていけない。
というか、雄二ならともかく、貴明では女性用のファッションセンスなど皆無に等しいため、ちょっとした組み合わせになるともう何がなんだかわからない。
「これなんてどうかしら」
「あー、可愛い。タマお姉ちゃん、こっちは?」
「あら、このみだったらこっちのパンツと合わせた方が似合うんじゃない」
「こっちのブラウスはー?」
「それならこっちのカットソーが……」
わやわや。
色とりどり、種類も様々な服たちが取り出され、広げられていく。
昨日の買い物でもそうだったが、彼女たちのバイタリティはいったいどこから来るのだろうか、と本気で貴明は考え込んでしまいそうだった。確かに荷物は貴明たちが持ったが、歩いた距離は変わらないはず。むしろ、環とこのみが選んでいる間に腰を下ろして待っていた貴明たちよりも、立っている時間は長いはずだ。
それでも服を選ぶ時にはまったく疲れを見せないのは、彼らとは体の構造が異なるからなのか。
それなら食べることに関してもそうだよなあ、とぼんやりと貴明が考えていると、
「なあ、貴明」
「なんだ」
「……キュロットって言葉、なんかちょっとエロくね?」
「知るか」

「じゃあ、着替えるでありますよー」
一体何時間ファッションショーをやるつもりだ、と突っ込みたくなるくらいの量を抱えたこのみが隣の部屋へ消える。何となく予想はしていたから覚悟はできているものの、やはり何となく気恥ずかしいのは何故だろう。
例のタヌキツネコンビと出かけて新しい洋服を買った時など、よく貴明の家に直接来ては「見てみて〜」と着替えて見せたりしたものだから、こうしてこのみが別の部屋で着替えていることなど慣れているはずなのに、やっぱり恥ずかしい。
いやいや、このみだぞ?
そう思ってはみるけれど、どこか意識してしまっている自分がいる。今までこんなことはなかったのだが、高校に入ってから周囲が色気づいたからか、はたまた雄二がより一層色ボケになったからか、恐らくどっちもだとは思うが、そのせいで妹みたいなはずのこのみまで意識してしまうようになってしまったのかも知れない。
「いやいや、このみだし」
もう一度同じことを、声に出してみる。うん、少し落ち着いたような気がするね。
貴明がそんな煩悶を繰り返している横で、先ほどまで一緒になってこのみとわいわいやっていた環が首をかしげていた。
「おっかしいわね……」
「んー、何だよ姉貴」
「いえね、どこかで見たような気がするんだけど……でも、ほんとに着てたのかしら」
「なんだよ、自分が着てたやつだろ」
「そうなんだけどね。あっちの行李のは確かに着てた覚えはあるのよ。でもこっちのは、着てたような着てなかったような……曖昧なのよね」
「まあ気にすることでもないんじゃねぇか?姉貴のものってことは確実なんだし、このみだって喜んでるんだから問題なしだろ」
そうなんだけど、と言葉では納得しながらも思い出そうと人差し指をおでこに当てて考える環に、貴明が声をかける。
「それで、結局このみの着たかった服ってのはあったの、タマ姉?」
「え、ええ。いくつかそっちから持って行ったわ」
環が指差したのは、元の2つの行李。
「ふうん。何だかんだ言って、大人っぽいのが着たかったのかな、このみは」
何となく納得しつつ、貴明が頷いた瞬間、障子の向こうからこのみの「できたよー」と料理か何かかよ、という声が聞こえ、突発ファッションショーが始まった。

「ちょっとだけ、このみにしては暗い感じがしちゃうわね」

「ほお。これはいいんじゃねぇか?ちび助にしちゃ上等。馬子にもいsyいだだだだ、ごめっごめんなさい姉ぎぃぃぃゆ、ゆるじでぇぇぇぇ!」

「似合ってるよ、このみ。さっきのよりいいんじゃないか」

「ふむ、ちょっと後ろ向いてみて、このみ」

「うははははは!そりゃちょっとデカ過ぎだろ」

(中略)という感じで、いったい何着目になるのか、とそろそろ疲れてきたなあという頃にそれは起こった。

「じゃじゃ〜ん。これはどうかな」
このみが着てきたのは、
「……あれ?」
最初に首を捻ったのは雄二だった。
「……うーん」
次に環。そして、
「……えーと」
最後に貴明。ただ、前の2人に対してちょっとだけ声音が違う。
「あの、似合わない……かな」
3人の微妙な反応に不安を感じたのか、このみの声が小さくなる。しゅん、とツインテールまでが項垂れているように見える。もちろん幻覚だけど。
「え、あ、そんなことないわよ、このみ。とても可愛いわよ」
「うんうん、その……似合ってる」
環が慌ててとりなし、それに貴明が続く。環・雄二の反応と貴明の反応の違いもその内容から明白。いや、貴明の反応はわかりやすい。単純にこのみに見惚れてしまったというだけなのだが、環と雄二は少しだけ意味合いが違っていた。
(はっ!まずいわ……こんなこと言っちゃったら、今更取り繕えないじゃない。ああもうっ私のバカっ)
心中で呟き、表面上は何食わぬ顔をしてにこやかに微笑む。ちら、と見てみると雄二はまだ首をかしげており、気づいた様子はない。貴明の方は軽く頬を染めているから、恐らくあまりに似合っている姿に照れてしまっているだけのようだ。
……何のかんの言って、結局このみを意識しちゃってるんじゃないの。
半分がっかり、けれどもう半分では妹のような幼馴染のために喜んでしまう。姐御肌って言われるのも仕方ないのかも知れない、と自分で納得する。
「ほんと、タカくん」
貴明に「似合う」と言われて喜ぶこのみもまた同じようで。同じことを言われても、さっきまでとこのみの喜び方が違うのは、このみが自信を持って選んだ服なのだからだろう。そうやって貴明の一言に喜んだり沈んだりするこのみも可愛いし、そうしてやっぱりそんな妹分のために喜んでしまうのだ、自分は。
ま、いいけどね。
問題は。

問題は、そう、雄二とこのみが気づいてしまわないか、ということ。
貴明は恐らく問題ない。比較的最近着ていた服にすら気づかない彼のこと、環だろうがこのみだろうが、誰がどんな服装をしていたかなんて殆ど覚えていないだろう。
「……ん?」
そこまで考えて、それはそれでどうよ、と殺気を混めた環に貴明が反応する。きょろきょろと周囲を見渡しているが、即座に殺気を収めてそ知らぬフリをした環のものだと気づくこともない。
「どうしたの、タカくん」
「いや……なんかこう、本能的に命の安全が危険な気がしたというか、捕食される草食動物もしくはプランクトンの気分になったというか」
「ふ〜ん?」
わかったようなわからないような、そんな表情で相槌を打つこのみにも、環が恐れた事実が発覚しそうな様子はない。
となると、
「ああ!思い出した。その服……あぎゃっ!」
「雄二っ?」
「た、タマお姉ちゃん?」
普段通りの展開、いつもの雄二の断末魔。
とはいかず、通常よりも倍増サービス中で瞬殺しております、的な手際と威力で雄二を永眠させた環。何事かと振り返った貴明とこのみの視界には、もはやピクリとすら動かない元・雄二の屍と、何食わぬ顔をしている環しか映らなかった。
「あの?タマ姉?」
「何かしら、タカ坊」
「えーと、雄二がなにか……」
「別に何もないわよ」
「あ、いや何もないって……そこに雄二の屍が転がってるんですけど」
「そうかしら」
「そうかしら、って……そ、それに今『思い出した』とか言ってたけど、雄二は何を」
「そんなこと言ってないわよ?」
「へ?」
「言ってないわ」
「あの……」
「言ってない」
「はい。言ってません」
眼力とオーラで貴明の言を封じる。なりふり構っていられない。幸いなことに、この服はどうやらこのみも貴明も気に入っているようだし。それに、殊更この服が意味する真実のような事実を……何のことだかわからない言い回しになってしまったが、とにかくそれをこのみが気にしていることもわかっている。
弟を犠牲にしてでも守らなければならない秘密というのはあるのだ、きっと。
このみと顔を合わせて不思議がる貴明をよそに、環は心の中で弟の尊い犠牲に合掌した。
アーメン。
何か違う気がするけれども。

紆余曲折を経て……というほどのこともなく、まあ言ってみれば天然でちっちゃくて元気があって見た目もいいし貴明のために一生懸命家事を覚えようとしている幼馴染に、あっさりと転覆させられない男などいないのであって。
幼馴染から一歩進んだ関係になった2人は、どうやら何度かあの服を着てデートを重ねているらしい。
で、どこからか雄二は、このみの告白に貴明が落とされた時にも着ていた、ということを掴んだ。
「貴明、お前ってロリコンだったんだなあ」
「ぶっ?!な、ゆ、雄二、お前何を……」
「いやだってよ。姉貴のお下がりのあの服を着てるちび助がいいんだろ?」
「な、なに言ってるんだよ!このみはこのみ、どんな格好をしてたって……」
「してたって?」
「……して、たって……えと……な、何でもない」
「ま、そりゃわかってるけどよ。でもあの服がこのみに似合ってて、それがいいってのも事実だろう?もちろん、それだけじゃないってことは前提だけどよ」
「そりゃまあ、一番似合うって思うし、それを着てるこのみが可愛いってことも認め……って、何言わせてんだよっ」
「いや、お前が勝手に」
「ったく……」
「でもまあ、ちび助に似合ってて、可愛いってことは認めたな」
「……っ!はああ……わかった、認めるよ」
「ほれ、やっぱりロリコンじゃねぇか」
「だから、何でそうなるんだよ」
「お前、ほんとに見覚えないのか」
「なにが」

「あれ、姉貴が小学校の時に着てたやつだぜ」