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「久美ちゃん、元気だねえ……」
「そう、かな?だって、せっかく来たんだから楽しまないとね」
「まあ、そうだけど」
苦笑するアキトを余所に、久美は次の目標を見つけたらしい。
「あ、ねえアキトさん、これこれ!」
「はいはい、どこへでもお供しますよ、お姫様」

機動戦艦ナデシコ - Blank of 2weeks -

約束の日

ウェルナーはクレーターひとつを丸ごとテーマパークに利用している。
ルナ・パークという命名そのものは捻りも何もないが、様々な企業にアトラクションを運営させることにより常に新しいアトラクションやイベントを提供し、かなりの人気を誇る。
「まだ4分の1も回ってないよ」
「う〜ん……でかいなあ」
彼らが来ているのはファンタジーをテーマとしたパークである。
それだけでも相当な規模で、久美の言っている4分の1とはルナ・パークの4分の1ではなく、あくまでもこのファンタジーパークだけの話。
これではどんなに空いていても、一日で回りきることは不可能だ。
そのためにパーク内や周囲にはホテルが配され、宿泊客も多い。
「泊まりで来る人も多いよ。ガッサンディくらいになると完全に日帰りは無理だもの」
久美はアキトの手を引っ張りながら説明する。
「ふ〜ん」
何気なく答えながら、確かに人が多いと思った。
きょろきょろと見渡すアキトの目には、家族連れやカップルばかりが目立つ。
テーマがテーマだからなのだろうか。
「あのさ、久美ちゃん」
「なに?」
「何だかやたらとカップルが多いような気がするんだけど」
ようやく久美はガイドブックから目を離し、辺りを見渡してから、
「ファンタジー、だし。博物館とか美術館のエリアだったらそんなこともないかも知れないけど」
どうやら久美はそれほど気にしていないらしい。
が、慣れない雰囲気にアキトは落ち着きがない。
何だか自分達だけが浮いているように思えてしまうのだ。
周囲は誰もそんなことを気にはしていないのだが。

「はあ……あんなこと言うからだよ……」
「え、なに?」
「あ、いや何でもないよ。次はどこ行くの」

「何もないっすよ、ほんとに」
「そうかしらねえ……確かあそこにはあなたに割と年の近い娘さんがいなかったかしら」
「久美ちゃんですか?」
「で?」
「はい?」
「何があったの?」
「誰がですか?」
「あなたに決まってるじゃない」
「だから、俺が何か?」
「その何かよ」
「何がですか」
「その何が何なのよ」
「何がって?」
「何かに決まってるじゃない」
「何ですか?」

間の抜けた会話に業を煮やしたのは女医だった。

「もう、だから、彼女と何があったのよ、って聞いてるの」
「はあ」
今ひとつ、言いたいことがわからない。
「ですから、普通ですけど」
「あら、デートのひとつもしないの?」
「へっ?」
一瞬アキトの動きが止まり、それから顔が紅潮していく。
「あら、やっぱりあったんじゃない」
「なっ、何を言って……」
「デート?」
慌てて手を振る。
「そ、そんなんじゃないっすよ……ただ、一緒に遊びに行く約束しただけで」
「どこへ」
「え〜と、ルナ・パークってとこですけど」
「ルナ・パークって言っても広いわよ、ウェルナーのクレーター丸ごとなんだから。色々あるんだけれどどこに行くの?」
「ファンタジーが何とかってとこかな」
「ふ〜ん」
笑顔がとてつもなく邪な感じがする。
別にデートというわけでもない。
冬休みなのに何も予定がないという久美のために、終業式の日は暇だからということでアキトまで休みにされたから。
店主たちも、久美が休みの間中店の手伝いをするのは可哀想だと思ったのかも知れない。
久美自身がどう思っているかは別だが。

「まあ、あれね」
「なんです」
「若いんだから、楽しんでらっしゃい」
「なんですか、それ……」

「まったくもう……ああいうとこはナデシコのみんなと似てるよなあ……って、いいっ?!」
気がつくと、アキトは久美に手を引かれたままマリン・ジェットに並んでいた。
「あのう、久美ちゃん」
恐る恐る尋ねる。
「ここってさ、もしかしてジェットコースター系?」
「もしかしなくてもジェットコースターだけど」
「えっと、何か看板に『心臓急停止』とか書いてあるんだけど」
「うん。それが売りみたい」
「あそこにある注意事項は?」
「大丈夫じゃないかな。『心臓の弱い方はご遠慮ください』アキトさんは駄目なの?」
「そういうわけじゃないんだけど、出て来る人たちが皆青ざめてるのは気のせいかなあ」
「気のせいじゃないと思うけど」
「……」
溜息をついて諦める。
古今東西、絶叫系に強いのは女性の特権なのかも知れないし、こういう場面ではお約束のような気がしてきた。

それが証拠に、ふらついてるのは男ばかりだ。
中にはその場で緊張の糸が切れたのか、倒れこむ人もいる。
「……はぁ」
溜息と同時に列が進んだ。

「アキトさん、次はね……」
「……うん、いいんじゃない?」

「アキトさん、今度はこれに乗ってみようよ」
「…………いいかも、ね」

「あ、こっち面白そうだよ?」
「………………あー」



肉体的な辛さはないが、如何せん気疲れしてしまう。
久美が何の気なしに手を握っているからだ。
前日に散々女医にからかわれたせいか、気になってしまい次第に余裕がなくなっていく。
挙句、手が汗ばんでしまっているのではないか、などと余計な気を回す始末。
が、久美はそんなことを一向に気にする風もなく、次々とアトラクションを選んではこの休みを満喫している。
そんな姿を見ていると、まあ、これはこれでいいかな、と思うアキトだった。



数時間を過ごした2人は、夕暮れの照明に切り替わったパークのカフェにいた。
「ねえアキトさん、お昼、何を書いてたの?」
運ばれてきたカフェオレに口をつけた後、久美が尋ねる。
「うん、材料を忘れずにメモって置こうと思って」
「材料を?食べただけでわかるの?」
久美が目を大きくする。
アキトは苦笑して、
「いや、わかるって言うか多分これだなと思うやつをピックアップしていっただけでさ。親父さんならきっと完璧に再現できるんだろうけど」
「そうかな。お父さん、イタリアンなんてわからないんじゃない?」
「親父さんは定食だけじゃないよ」
「そう?」
「うん。俺さ、月に来てから色々あって、それで色々考えたんだけどやっぱり料理が好きだよ。どうしても料理人になりたい。だから親父さんの仕事を一生懸命見てたんだけど」
「リルケの『若き詩人への手紙』だよね、アキトさん」
「え?」
「ずっと昔の詩人。リルケが詩人を目指している人との書簡の中で、『あなたが本当に詩人になりたいのなら、真夜中、自分の内に問い掛けてみなさい。自分は本当に詩人になりたいのか』って。うろ覚えだけど」
「うん、そうだね。パイロットと兼任なんて中途半端なことやってる間は……」
「中途半端なの?それ」
久美の問う声が少し硬く感じたアキトは、思わずうろたえる。
「え、だってさ……」
久美は真っ直ぐにアキトを見つめていた。
「アキトさんは中途半端じゃないよ。だって、どっちも一生懸命やってきたんでしょ?パイロットやりながらコックを目指すからって、中途半端なんて言えないと思うよ」
「久美ちゃん……」
「アキトさんのコックになりたいって夢は、自分の中から出てきたものでしょ。それならその夢は絶対に消えないものだし、パイロットやってる間料理の勉強をしていなかったからって、それがコックの夢を諦めたとかいい加減だとか、そんなことない」
言い募る久美の姿に、
「……あ、まただ……」
「え?」
アキトは不思議な穏やかさを感じていた。
「久美ちゃんと話しているとね、何か胸の奥があったかくなるって言うか……ごめん、俺のために言ってくれてるのに変かも知れないけど」
「あ……ううん、私の方こそ、ごめんなさい。勝手なこと言っちゃって」
ばつ悪そうに縮こまる久美に、アキトは笑顔を向けた。
「ううん、いいんだ。俺、今は久美ちゃんの言いたいこと凄くよくわかるよ。中途半端だったのは今までの俺だから。それにそのことに気づかせてくれたのは久美ちゃんだから」
「え、私は何も……」
恥ずかしそうに赤くなる久美。

久美だけではない。
月面で過ごした1週間と少しの期間に出会った人々。
彼らがアキトを変えた、いや、彼らとの出会いでアキトは変っていった。
「ほんとはね」
アキトは温くなってしまったコーヒーを口に含んで続ける。
「こんな日が続けば、そう思っていたよ、この間までは。でもそれは、逃げてるだけなんだって。ナデシコから、戦争から、パイロットとしての自分から」
久美は黙って耳を傾けている。
「そして、ナデシコを助けたいって思う自分から」
こんなにも前向きに、自分の意志を話すことがあっただろうか。
アキトは心の片隅でそんなことを考えていた。

ドームの天蓋はオレンジに染まりきっている。
もう少ししたら、宵の群青が溶け合いはじめるのだろう。
月面で何度も見た、夕焼け。
けれど今日は、特別きれいに見えた。
それも目の前に座っている、少女のおかげかも知れない。
半身を夕暮れのオレンジに染めた久美に、アキトはずっと抱いていた感情が結局何なのかわからないまま、それでもその感情に身を委ねていた。

「俺はやっぱりナデシコに戻りたい。ナデシコを助けたい。大それたことみたいだけれど、自分にできることをやらないで逃げるのはやめようと思うんだ」
「うん」
言葉少なに久美が言う。
けれど、それだけで2人の言いたいことや想いは、全て伝わっているような気がした。

少しずつ、オレンジが濃紺に溶けていく。
美しいコントラストを眺めていた久美が、不意に寂しげな微笑を浮かべて、
「でも、やっぱりちょっとだけ寂しいな」
「久美ちゃん?」
「私、アキトさんが来てくれてから楽しかった。お兄ちゃんができたみたいで」
アキトも大きく頷く。
俺もだよ、久美ちゃん。
そう言葉には出さないが。
「いつかはナデシコに帰ってしまうってわかっていたから、それを止めることはできないから、こうして楽しい思い出が欲しかったの」
そうして、窓の外から視線を移し、

「ありがとう、アキトさん」

「俺こそ、ありがとう、久美ちゃん」
心の底から。
こういう『ありがとう』を言えるようになった分だけ、アキトは成長したのだろう。

光の洪水。
イルミネーションが奔流のように。
夢だけを見続けた日々は終り、アキトは大事な想いを胸にしっかりと抱き、現実の日々へ戻る。
大切なことは、夢を見ることではなく。
夢を自分の内にしっかりと持っておくことだと。

「久美ちゃん」
「なに、アキトさん」
久美はパレードを見つめたままで答える。
「俺、本当に久美ちゃんと会えてよかった」
アキトの言葉で振り向き、
「な、何を言って……」
「ほんとうだよ」
紅潮した頬を隠すためか、再びパレードへ顔を向ける。
「久美ちゃんは、俺に何も求めないって言ってたけど、俺が何かしてあげたいと思うのはいいよね?」
ちら、と不思議そうな視線を流す。
「久美ちゃんは、何かして欲しいことってある?」
アキトもパレードを眺めたまま問い掛ける。
しばらく光の乱舞を眺めたまま沈思していた久美だったが、
「あのね、……」

22,Dec;デート

≪あとがき≫
らぶらぶじゃないじゃん、全然(笑)。
BGMに『閉塞の拡大』なんて流してるのがイケナイのだろーか。