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-summer lights.......latter part-

ToHeart2 - 夏影

書いたひと。ADZ

6/

 十分ほど歩き旅館へと戻った一行は兎角風呂にて汗を流す事にした。
 今日一日で出来た日焼けの跡に絶句するよっちや、万全の対策をしていたはずだがやはり焼けてしまったちゃる。
 環はこのみたちには小まめに日焼け止めを塗るよう指示していたが、行動的な、あえて言うならば腕白な彼女らはついつい塗り忘れることが多かった。
 郁乃は愛佳がしょっちゅう確認していたためか、しっかりと対策する事が出来ていた。昨日の麦藁帽子も忘れずにかぶっていたお陰かほとんど日焼せずに済んでいる。
 それと貴明たちがなるべく郁乃は木陰や建物の陰に入るようにと歩いていたこともある。
 さすがに言われなくとも気を使われている事に気がつかないはずも無く、わずかずつとはいえその胸の奥には申し訳なさが蓄積されていく。
 ゆっくりと湯船に浸かりながら、どうして自分はこの旅行に来てしまったのかと自問する。
 よっちとちゃるに誘われた。それは大きい。
 長く特定の友人というものを得ることの適わなかった彼女は、多くの場合一度は体験する友達同士でのお泊まり会などの経験も無い。そもそも修学旅行にだって参加した事が無い。
 そんな彼女なのだから泊りがけの旅行のお誘いがあれば心踊り、断る理由など無いのだからその想いは翼を広げてまだ見ぬ旅先へと思いはせてしまう。
 彼女にとってようやく得ることが出来た友人たちからの提案、それはあまりにも魅力的で、抗いがたいお誘いだったのだ。
 はふぅ、と息をつき手足を伸ばす。細く白いそれは筋肉の類がほとんど感じられない頼りないもの。
 つい、と視線を巡らして友人知人に姉達を眺めてみれば、誰も彼もが郁乃よりも肉がついている。体格的観点から見ればこのみと郁乃は良い勝負だが、普段から駆け回っているこのみの手足は意外と引き締まっている。胸のあたりの事は言わぬが華。このみ、ちゃると一緒に同盟でも組もうかなどと考えたことは永遠に封印。
 姉を見てみれば、相変わらずのバランスのよい肉付き。少々ぷにぷにし気味ではあるけども、そのほうが女の子らしいかなと思う。
 環やちゃるを見れば、ボリュームのすごい環、細いのに胸はあるよっち。なんだか本当に同い年と一つ上なだけの人たちなのかと過去何度か考え、そしてこれからも時折思うであろう事を考える。
 いや違う、胸じゃなくて。体力とかそっちが気になっているんだってばと意識を戻す。
 観光で見て回っている間、何度も休憩を取り、そのたびにそばにいてくれた貴明。そして、時折手を引いてくれた……そういえば、普段頼りない奴だと思っていたけど、腕なんか意外と筋肉あったなぁ、力も強かったし……などと想いちょっとにやけ気味。見事に思考が当初のものとずれていく。

「……ちゃるさんや。いくのんは先ほどまで何か落ち込んでいるような気がしたのですが」「今さっき周りの人の胸辺り見て暗くなってた」「なにやら自分の手のひら見ながらにやけ始めましたよちゃる先生」「あれはきっと何か思い出してる。察するに……センパイと手をつないだ時の事か」

 教訓、思い耽るときは周りに注意しましょう。考えていることが意外と顔に出ていたりしますから。

 湯をあがり宿泊している部屋に戻れば、そこには祭りに着ていくための浴衣が用意されている。 
 祭りに出る予定であるために、ご近所の貸衣装から旅館の女将が借り受けてくれたものだ。
 もっとも持参してきている者もいるため、全員分があるわけではない。
 環やちゃるは持参組み。このみは旅行前日に環に頼んで譲り受けたお下がりで、瑠璃と珊瑚のものはイルファお手製。そのイルファ本人も自作品を着用、こっそり裾のあたりに瑠璃様命などと刺繍が入っていたりするのはご愛嬌。レンタル組みはよっちと由真に愛佳と郁乃。
 環はみなの着付けを手伝って回り、瑠璃は着替えを手伝おうとするイルファから巧妙に逃げ、ちゃるはよっちの帯をこれでもかと締め付けている。

「く、苦しいっすよ、ちょ、それ以上無理、無理っすっ!」「……よっち、太ったな」「のぉーっ!?」「嘘だけど」「嘘かいっ!」「でも胸はまた育ってる。ムカツク」「それは自分悪くないっすっ!!」「冗談だ」「なんだ、冗談すか」「……半分は」「半分は本気っ!?」

 相変わらずのじゃれ合いの傍ら、郁乃は姉に手伝われながら浴衣の袖に手を通す。
 郁乃がその身に纏ったのは、澄んだ青空のような色の生地にひまわりの図柄があしらわれた浴衣。
 何が楽しいのかニコニコして着替えを手伝う姉は、淡い桜色にアジサイが描かれたものを着用。楽しみだねー、と話しかけてくる姉の姿に、露天の食べ物を制覇しかねないなと心配になった。
 着替えが終わりさて出発だと旅館玄関前に集まる面々。そこにはとっくに着替え終わっていた貴明と雄二の二人が待っていた。
 華やかに咲き乱れる色鮮やかな乙女たち。その中の黄色地にアサガオ柄の少女が一人、貴明の腕を取りしだれかかる。

「どうすか先輩、な~にか言うことあると思うんすけど?」

 ニヤニヤと含みのある笑顔で貴明を見上げるよっち。腕から伝わってくる感触と体温に彼の四肢は硬直する。

「あ、うん。よ、よく似合ってるよ、吉岡さん。み、みんなも綺麗だよ、うん」

 ん~? と少々不満げな声を上げるが、まあ良しとするっすと離れるよっち。すぐさまこのみがやってきて、「タカ君このみはどうかな? これタマお姉ちゃんにもらった浴衣なんだよ~」などと聞かれてしまい、よく似合ってるよとこのみを褒めて一息つく。
 えへへ~と嬉しそうに笑ってその朱色の裾を翻し、環にその事を報告する彼女の後ろ姿を見て可愛い妹としか感じないあたり、この男は罪深い。

「なあタカ」「なんだ」「ちびすけのあれってさ」

 わいわいと手荷物の確認をしながら、借り受けた下駄を履いていく彼女らを眺めていると、雄二が小声で話しかけてくる。

「あの浴衣、姉貴が小学生の時のだ」「……」

 何も言わないほうがいいのだろうと、無言を貫く貴明。
 そして郁乃は何か言いたそうにしながら手を伸ばしかけ、結局何もせずに愛佳たちと歩き出した。

 とことこと歩き祭り会場へとやって来たご一行。旅館から少々離れたところにある神社へと続く道にずらりと並ぶ各種露店。
 予定ではあと一時間ほどすれば海岸線にて花火が打ち上げられることになっている。それまで各自好きなように出店を回りましょうと、環が告げて各々好きなようにグループを作り始める。

「ささ、イルファさんお手を……」「珊瑚様、シルファちゃんが落っこちそうですわ」「おー。すまんなぁ、いっちゃん」「……あら。雄二さん、なにかありました?」

 早速イルファとの親睦を深めようとしたが、珊瑚の背中にどうやってなのかしがみ付いていたペンギンの位置を直していたイルファには気づいてもらえなかったために失敗、その手のやり場に困っている雄二。そしてその様子に気付きかわいらしく小首をかしげるイルファ、その頭にしがみ付いているクマ吉がぷりちー。
 
「みんな、無駄遣いしすぎちゃ駄目よ。それと離れ離れにならないよう気をつけてね。必ず二人以上で動く事」

と、雄二の首根っこを掴んだ環の言葉で、ようやっと散っていく彼らだった。

 それなりの人出の中、多種多様な露店を眺めて歩いていく。お祭り定番綿菓子にりんご飴などがすでに彼女らのその手の中にある事はさておき、自分たちの地元から遠く離れた地でのお祭りであるわけで、多少の不安を感じていたりもしたが金魚掬いやヨーヨー釣りなど兎角どこの祭りでも見かける内容に、安堵感を覚える事も確か。
 ならばまず腕試しと由真が金魚掬いに挑もうと思い財布を取り出したが、環の「掬ったとして、その後金魚はどうするの?」の一言により考え直す。

 当たり障りの無いどこにでもあるような出店。普段ならなんでもないような食べ物が不思議とおいしそうに見える。
 次は何を食べようか、たこ焼きおいしそうだね~、と食欲にはしる数人を尻目に、わっか投げやら型抜きやらに挑み一喜一憂する者たち。あんたらどこの小学生だ。
 そんな一行の中、離れた場所から見ている郁乃と貴明。郁乃は手にした綿菓子を三分の一ほどその胃に納めて、残りを貴明に差し出す。
 次のも半分よろしく、などと言って目当てのものを買いに行く郁乃。
 身体的理由により、カロリー制限のある郁乃がお祭り特有の食べ物を楽しむための打開策、量を少なく種類を多く食べる。貴明はそれに付き合わされているのである。
 苦笑しながらその背中を見送り、綿菓子に噛り付いてから『これって……』と思うが慌てて考えないようにする貴明。二人とも祭りの雰囲気にあてられていたためか、気付かずに既にいくつかの露天のお菓子を分け合っていたのだった。

「ほっほっほ。間接ちっすとはやりますな先輩」

 だから気にしないようにと自分に言い聞かせているというのに横からこんなことを言われれば、あっという間に意識し始めてしまい、どうにもこうにも落ち着かなくなるわけで。

「たたたたたた他意はなくたまたま、たまたまだから」
「何がどうたまたまなんすかねぇ。ほかにいくらでも引き受けてくれそうな人がいるというのに、先輩とはんぶんこ? かー、いくのんてば大胆ですわん♪」
「君らだってさっき郁乃と分け合ってたじゃないかっ!?」
「いやいや。同姓同士と異性とでは、意味合いが違ってくるっすよ~?」

 その二人の様子を伺っていたよっち。いつの間にやらお面一つ側頭部に貼り付け、なにやらパンに野菜などを挟んだ物をかじりつつ悪戯っぽく笑い貴明に近づいてくる。

「いやしかし、あの先輩が、女の子相手にそー言うことが出来るようになるとは、意外というかありえないと言うか」
「とととととととところで、その手に持ってるのは何かな? おいしそうだし俺も一つ買ってこようかな~、なんて」
「そこの屋台のドネルケバブっすよ。しかも本格派、羊肉っす。よかったら一口いいっすよ?」
「断るっ!」

 何とか話をそらそうとして、逆に追い込まれそうになる貴明。
 にやにやと笑みを貼り付けその手に持ったドネルケバブを差し出すよっちから後ずさりしつつ、なんでそんな屋台があるんだよと思ってしまう。

「貴明、こっちのおいしそうだから買ってきたわ、てよっちも食べてるんだ」

 そこへ戻ってきた郁乃の手には、焼けた肉と野菜をパンで挟んだ代物が一つ。半分に切られていて、片方を貴明に手渡す。
 貴明の顔が赤くなっていることが気になるが、まぁいいかと郁乃は自分のぶんを頬張る。
 今まで食べたことの無い味だが、そのおいしさにニコニコしてしまう姿に『やっぱり姉妹だなぁ~』と貴明が思い、ふと視線を感じて振り向けばとってもいい笑顔のニコニコお姉さん、愛佳嬢が見守って下さっていた。何故親指をつき立てているのでしょうか?
 とりあえず冷める前に食べてしまおうと、貴明は一口食べる。
 うん、うまいな。私羊肉って初めて。俺も食った覚えないなぁ。
 和やかに感想を言い合う二人。 

「……ちっ」

 その光景に舌打ちして「まったくいくのんはココで肩透かしにしてくれるとは、侮れないっすね」とよっちが肩をすくめる。郁乃は最後の一口を咀嚼しながら、何がなんだかと理解できていない顔をする。
そして貴明は極端に意識するようになってしまっていたために、最初から切り分けられていた事に安堵を感じたのだが、何故か落胆も感じていた。
 ニコニしている愛佳嬢は「おいちゃんは、おいちゃんは見守ってるよっ!」と目を輝かせて見つめている。

「あんたね、見守るのはいいけどその手にあるものなんとかしなさいよ」

 その手にフランクフルトと焼きイカ、サザエの剥き身やえびの突き刺さった串焼きなどの串を握り締めて。

「あ、由真。由真も一本食べる?」
「……一つ貰うわ」

 さて愛佳たちが串焼きをその胃の中に収めていると、彼女らのいる方向とは反対からちゃるが現れる。彼女はよっちと同じように側頭部に何かのお面を貼り付けた姿で、貴明たちにそろそろ食べるのも終わりにして、射的にでも行こうと提案する。
 貴明は左腕の時計にちらりと視線を投げてから、そうしようと藁にすがる気持ちで歩き始めた。
 花火開始まで、あと四十分。

 その頃のイルファさんたち。

「なぁいっちゃん。これっておもろいな~」
「はい、珊瑚さま」
「あ、割れてもうた。おっちゃん、もう一枚たのむで~」
「はいよ」
「このカドが、このカドがっ」
「……なぁさんちゃん、イルファ」
「瑠璃さま、少しお待ちください。だんだんコツがわかってきたんです。もう少し、もう少しなんですっ!」
「…………いや、もういいで。好きなだけがんばり」
「はい、瑠璃さまっ!」
「また割れてもうたぁ~。もう一枚や~」
「はいよ。……そっちの嬢ちゃん。この二人止めなくていいのか? 今ので一人三千円は使ってるんだが」
「なんかもー、好きにしてもらってええよ~」
「苦労、してるな」

 型ヌキの屋台で、延々と挑み続ける珊瑚とイルファであった。

 場面は変わって貴明ご一行。郁乃とよっちとちゃる、愛佳と由真を加えた合計六人は他の射的屋と比べて一際目立つ射的屋露店へとやってきた。
 棚に並ぶ商品は絶妙なバランスで並べられたぬいぐるみたち。賑わっているのはそのぬいぐるみが原因であろう。
 他の出店の商品よりもかなり大きい。一見コルク弾程度では無理ではないか、と思える程度のサイズなのだが、それらは弾を当てる事が出来れば落ちそうに見える、見事なバランスで並べられている。店主の陳列する腕が良い、という事なのだろう。
 ただ当てるだけでは落ちないのは、挑戦している客たちをしばらく見ていればわかる。そしてそれらぬいぐるみたちを手に入れることが不可能ではないことも。
 それぞれのぬいぐるみには当てるべき箇所が一つはあり、それを見抜きその場所を撃ち抜く事が出来ればバランスを崩して転がり落ちる。
 目的の物を手に入れるには、一見撃つべきポイントに見えながら、それが見せ掛けだけのフェイクである、という恐るべき陳列技術とも戦わなくてはならない。
 一回五百円で弾三発。これが高いか安いかは各人の財布と腕前次第。
 しばらく眺めて、その射的に挑む事にした貴明たち。黒に近い藍色の袖をまくって、由真さんさっそく勝負よと言い出してます。
 ならぱルールはとよっちが問えば、大きさでいいのではないかとちゃるが提案。賞品は? 最下位が他の人にカキ氷おごり。トップの特典はどうする。しばし協議、旅行から帰ったらみんなでトップに喫茶店でケーキおごり、と決まった。
 なれば早速誰から行くか、となってジャンケン勃発。これは後からの方が有利と言えば有利、とちゃるが言い出したため負けた順に挑む事に。そして由真さんいきなり負けてしまい、一番手に決定。続いて貴明、よっち、郁乃、ちゃる、そして愛佳の順に決まっていく。
 
「ここで運を使い果たさなくてもいいのに。……ブルーハワイがいいかな」
「おおおおお姉ちゃん最下位決定なのっ! 始まる前から負けなのっ!?」

 仲の良い姉妹はさておき。

 由真はカウンターに五百円玉一枚を置きコルク弾と銃を受け取る。
 銃口にコルクをググッと押し込み、具合を確かめると両手で構えて狙いをつけていく。
 まずは小手調べにと小さめのぬいぐるみを標的に定め、引き金を引いた。
 軽い音を立てて飛び出す弾丸。二メートルほど先の棚へと飛んでいく。何故か学ランを着た猫の小さなぬいぐるみがあり、残念ながらその猫を掠るだけで何も撃ち落すことなくそのコルク弾は役目を終えて、回収されていく。

「ふむ、左にちょっとずれるわね」

 次弾の装填をしながら、由真は次の目標を選ぶ。ここでは手堅くいき中間のサイズを狙うか、残り二発を費やして大き目のものを狙うべきか。そこで一番大きい物を見てみる。はて、どっかで見たようなカエルっぽいぬいぐるみねと思い、流石にあれは落とせまいと視線を外す。ちなみにそのカエル、珍妙なバランスの造りで手足が細長い。あえて名を付けるのならケロP。なんか色々とギリギリである。なにがだ。
 ここで由真はかなり迷う。無難なものを選ぶか、あえて大物狙いで行くか。
 他の面々はここで由真が落した物を基準にして、狙うべきものを決めていくであろう。
 大物を狙い撃ち落せればいい。一番大きなものならばそれでトップ決定、あとは最下位争いである。だが当然大きなものほど重く、コルク弾程度で棚から落とすのは難しい。ゆえに失敗して何も取れなければ自動的に最下位だ。トップを狙わないのであれば、最小のものでかまわなくなる。
 無難なものを取れば、後の全員がそれ以上の物を狙うことは明白。何も取れない者がいればその者が最下位だが、皆が順調に確保していけば、由真が最下位になる。
 この勝負で恐ろしいのは、同順位続出が可能である事だろう。一人取り逃しあとの全員が同じ物、同程度の物を撃ち押とせば最下位一人で他の全員にカキ氷のみならずケーキおごり。痛い、痛すぎる。懐的な意味で。
 反面、同列最下位もあり得るのだから、その場合は一人あたりの負担が減っていく事にはなる。
 普段の由真ならば、大物狙いをしていた事であろう。
 しかし今回は負るとただではすまない。カキ氷なら一人百五十円のもので済ませられるからいいが、ケーキは場合によって数千円が飛ぶのだ。
 大物を撃ち落し確固たる順位を得るか。確実に確保できそうなものを狙い最下位から逃れるか、あるいは同列順位での負担分散を期待するか。
 自分から勝負などと言い出したが、ここまで駆け引きが必要だとは思っていなかった由真である。
 まず順番を思い出し、由真の次の貴明はどのような狙いをつけるかを考える。
 春から妙な因縁がついてしまい何かというとかかわる事になった相手。
 その性格を考慮すると、無難なものを選ぶはず。狙えそうな限界ぎりぎりなどは選ばずに由真が落としたものよりいくらか上回るサイズを狙うか、同サイズにするだろう。
 続けて吉岡チエがどのようなものを狙うかを考える。
 今まであまり面識の無い相手ではあったが、皆無というわけでもなかった。そのわずかな記憶と今回の旅行での彼女の様子からその性格を推察。きっと大物狙いをする。
 希望的観測だが、それで彼女が失敗すれば由真は最下位を免れるし、成功してしまうのならそもそも勝ち目がないのだから当然の結果と受け止めよう。

 それから郁乃。なんとなくこの子も大物狙いしそうだなぁと思った。
 知識はある。学業もなかなか優秀。割と行動力を発揮することもあり。侮れない相手、のような気もする。
 しかし根本的に経験が足りない。駆け引き、なにそれ? になりそうだ。
 判断材料に決め手が無いが、とかくこの子を最下位にさせちゃ駄目よねー、とも思う。
 何だかんだで由真にとっても可愛い妹分、なのだから。

 そしてちゃる。いや山田ミチル。最も警戒するべき相手のような気がする。
 なんというか冷静で慎重。そして場慣れしているように見える。
 恐らく確実な選択をするだろう。確率を考えて、最下位だけは避ける選択をするのではなかろうか。そうなると、貴明や郁乃がどのような結果を出すかで変わってくるはずだ。
 弾は三発。全てを費やし大きな物を取るか、一発一発堅実に使い、一つ取るたびに狙うサイズを上げていくか。
 確かに順番が後のものほど自分の前の人間の撃ち方、確保したぬいぐるみなど参考にできるのだから有利だ。だが同時に不利でもある。
 選択肢が限られてしまうのだ。場合によってはどう考えても無理なぬいぐるみを狙わざる得なくなる事もある。
 全ては由真次第で決まる、と言っても過言ではないかもしれない。
 もし由真の順番が最後であったのなら、最後でなくとも後からであったのなら大物を狙っていたかもしれない。だが、一番手としてのプレッシャー故に冒険に出る事が出来なかった。
 結果、彼女は。

「ふむ。トイレットペーパーサイズのパンダか」
「何で例えてるかなこのメガネっ子」

 無難な物を選んだ。
 全体的に見れば中間サイズのそれを手にして、由真の残弾は尽きた。最初の様子見とは別に一発外したために、これ一つである。
 続いて貴明の順番。由真の予測どおり無難な物を狙っていく。一発外して猫とチョ○ボを一体ずつ。

「…………○ョコボ?」
「愛佳。気にしちゃ駄目よ」

 貴明の出番はさくっと済ませてよっちの番である。
 よっちは受け取った銃を手に、それを睨み付けた。
 大きさは上から数えたほうが早く、よっちならば標的にしておかしくないと思えるサイズ。
 だが問題はその大きさではない。その見た目だ。
 それは茶色かった。そして頭がでかかった。それは、クマだった。
 なんかもーどっかで見たクマそっくりなクマ。見ているうちに胸の奥から何やら湧き上がる物がある。
 どっからどうみてもクマ吉と同じ外見の、クマのぬいぐるみだった。
 そのクマが棚の一番上の列に鎮座していた。
 よっちは迷わなかった。昼間色々と邪魔してくれたあのクマそっくりなぬいぐるみ、撃ち落せばさぞかし気分が良かろう。そして上位が狙えるサイズ。これを狙わずにいられるものか。
 横からちゃるが何か言っているが、彼女の耳には届かない。左側側頭部に貼り付けていたタヌキのお面を後頭部に回して、よっちは銃を構え狙いをつける。
 最初は慣れのための一撃。外れてもかまわない。だが出来る事なら全弾を当てたい。
 そう思い彼女は引き金を引いた。軽い音を立て飛び出す弾丸。それは吸い込まれていくようにクマの額へと突き進む。
 これは命中する。誰もが思った。
 上手くすればゲットか。
 貴明もそう思った。
 コルク弾の着弾寸前、クマがその前足で叩き落してくれるまでは。
 沈黙。祭りの喧騒が聞こえている筈なのに何故か静まり返っている錯覚に陥るほどに、その場にいるものはしばし動きを止めた。

「……ク、クマ吉!? お前はそこで何しとんじゃーーーーーー!!」

 真っ先に再起動を果たした貴明の叫びを切欠にして、再び時が動き出す。

「おー。道理で見覚えのないぬいぐるみだと思ったんだ。兄ちゃんたちのだったか」
「やっぱり」

 のんびりとした言い草の店主と気付いていたらしきちゃる。先ほどちゃるはよっちを止めようとした。もしかしたらと思って、店主に確認してもらうつもりだったから。
 しかし聞く耳持たないよっちは撃ってしまった。昼間の事を思い出して。それほどの因縁になるほど何かあったかなと、ちゃるは思うのだが。

「なぁお客さんがた。そいつ――」
「うがぁっ! そのケンカ買ったーーーーー!!」

 店主が何事か話しかけてきたが、その時よっちの視界には彼女に向けて右前足をクイ、クイと動かし挑発するクマがいた。
 そのままよっちは次々と撃ち、全てを弾き飛ばされてしまった。恐るべき反応速度のクマ吉である。
 全て、と言っても三発だが撃ちつくして収穫ゼロ。うなだれるよっち、それを腕組みして見下ろすクマ。しまった、しまったっす。つい調子に乗って……などとよっちがつぶやくが後の祭り。
 そしてクマ吉がその顔を上げて郁乃の方へと視線を向けて、クイ、クイとまたもや挑発をしている。
 郁乃は無言で懐から小銭入れを取り出し、コルク弾を受け取ろうとするが、そこで店主が提案をしてきた。

「そのクマ撃つだけなら、イベントみたいで客寄せになるだろうから好きなだけ撃っていいぞ。まあ後でちゃんと射的やっていってくれるのなら、な」

 その言葉に眼を輝かせ、よっちは再起しかけた。
 が。

「その提案前によっちはお金を払った分を撃ちつくした。よって最下位決定」
「マジっすかっ!?」
「容赦ないわね、ちゃるって……」

 銃を抱え、もし自分もそのまま挑み撃ち尽くしていたら、きっと容赦なく最下位扱いだったろうな、と戦慄する郁乃であった。
 
 さてちゃると何事かを話してから郁乃は銃を構えた。腕を組みふんぞり返っているクマに狙いを定め、しばし息を整える。
 指先に触れている金属の冷たい感触を確かめ息を吸い、引き金を引く。
 ぬいぐるみ並ぶ棚へ飛んでいくコルク弾。
 一発目は狙いを外し、クマ吉をかすめる事も無く役目を終える。
 郁乃は二発目の用意をしようとするが、横からちゃるがコルク弾を装填済みの銃を差し出した。
 無言で頷き合い銃を受け取り、その銃口を目標へと向ける。
 不遜にもまたも腕組みして仁王立ちしているクマ吉。いやだからどうやって腕を組んでる、どう考えても長さが足りないはずなのだが。
 狙いを定め、再び打ち出されるコルクの弾丸。その狙いは先ほどよりも正確であり、クマ吉の額へと吸い込まれるように飛んでゆく。
 クマ吉はその軌道に正確に反応し、襲い掛かる凶弾を軽く振るった右前脚で弾き飛ばしまたも挑発のポーズを取る。
 そして、眉間に一撃を受けた。
 ぱたぱたと両前脚、いやもう面倒なので腕で統一。両腕を振り回して混乱している様子のクマのぬいぐるみ。
 そこへ撃ち込む郁乃。すぐさま撃つちゃる。撃ってはいるけど外している愛佳。三人がかりの連続攻撃である。

「何も一人ずつ順番を待つ必要はない。よっち、次」「ほい」
「貴明、次の」「はいはい」
「愛佳。一発ぐらいは当てなさい」「あわわわわわ」

 由真、よっち、貴明が弾込めをおこない、それを受け取ってすぐに構えて、次々と撃ち込んでいるようです。
 流石にこれにはクマ吉もひるみ、反応しきれなくなっていく。
 本来クマ吉は仮のボディであり本体からのデータを送受信しての遠隔操作である。
 本体であり、イルファの妹である“HMX-17b ミルファ”は今も研究所にて待機中。
 彼女は以前から早く正式ボディを組み立ててよと研究員たちを急かしつつ、早く綺麗になって貴明に会いに行きたい。でもあんまり綺麗になっちゃうと貴明は私のことわかんないかなでへへへへへ、などと思いをはせながらデータ収集と調整の毎日であった。
 いやそもそも貴明はクマ吉の頃の姿しか知らないんだから、名乗りでもしないとわかって貰えないと思うのだが。
 そんな退屈な日々を過ごす中、イルファから聞かされた貴明との旅行の話。話を聞くうちに湧き上がる不安。
 さんちゃんたちだけなら、話に聞く幼馴染たちだけならまだいい。だが何人も何人も女の子ばかり参加ってどーいうことっ!?
 居てもたってもいられなくなった彼女は、珊瑚に頼み込んで無理やり参加してきたのである。
 改良強化型仮ボディ・クマ吉MK-Ⅱ(ミルファ命名)を駆って。
 強化された通信機能、モーターの改良によってより動きの良くなった四肢。さらにメインメモリやらRAMやらフラッシュメモリやらとやたら強化されていて、反応速度は通常の三倍、一時的にだがミルファの「感情」や「思考」なども記憶する事ができ、スタンドアローンでの行動を可能とし、即応性も高まっているというなんとも無駄に高性能な駆体である。
 さらに追加電源バックパックは受信ブースターもかねており、半径数メートル内に居ればまず電波切れもおきないのだ。
 やたらと制作費がかかっていそうだが、『次世代ペットロボット、あるいはラジコンロボットとして売り出すための試験機』という理由をつけて開発費をぶんどってきたとかなんとか。
 でもいくらなんでも趣味に走って好き勝手しすぎですよ長瀬主任。いやそれは置いといて。

 そんなわけで、並のメイドロボでも反応しきれない速度にも対応可能、という理論値をはじき出した仮ボディであるところのクマ吉なのだが、流石にというか三人からどんどん攻撃されると反応し切れなかった。
 いや、もしこれが正確な攻撃ばかりだったのならかえって対応しきれたかもしれない。だが的を大きくずれていたり、とことんぎりぎりのところで外したりを繰り返す攻撃が混じる事でデータエラーを引き起こしていたのであった。
 次第に叩き落したり跳ね返したりできる数が減って行き、ついには連続で命中し始める。
 そしてとうとう額をちゃるに撃ち抜かれてのけぞり、あごに郁乃の一撃を受けて、クマ吉は棚の上から転げ落ちていった。
 いつの間にやら集まっていた観客たち。さあさあ、イベントは終わり、一回五百円で三発を今から三十分一発おまけだ、と客寄せを始める店主。
 わいわいと集まる子供たちやカップル。そして、頭を抱えてゴロゴロと転げまわるクマ。それを苦笑いして貴明が拾い上げる。
 しばらくクマ吉はその手の中でジタバタと暴れていたが、貴明の腕をよじ登るとひしっと頭にしがみ付き、ようやく大人しくなった。

「どーよクマ。自分らの勝ちっすよ!」
「何故よっちが威張る?」
「大体みんなで袋叩きにしたようなもんだし、偉そうには出来ないわよねぇ」

 とりあえず、愛佳さんは全弾外しました。

 先ほどの射的屋から離れ、手近な石垣に腰掛け一休みしている一行。その手には先ほど入手したぬいぐるみとカップのカキ氷。
 いつの間にやら追加電源を背負っているクマ吉を膝に乗せ、貴明はストローの先を切り欠いて作られたスプーンをシロップの色に染まらず白いままの部分に突き刺す。

「はううううう、よんひゃくごじうえんですんだよぅ……」
「それとは別に帰ってからちゃるの分のケーキ代もいくらかは出す事になるんすけどね……」

 さて勝負の行方だが、あの後ちゃるが大物をしとめ、郁乃は貴明たちと大差ないサイズを撃ち落し、愛佳は何も確保できず、という結果に終わった。
 なのでトップはちゃるで最下位は愛佳とよっちの二人、一杯百五十円のカキ氷を六人分で九百円。その代金を二人で出したので一人四百五十円の出費である。

「これが勝利の味。だが争いはいつも空しく、その結果得たものは味気ない……」
「いい度胸っすねそこのキツネ。味気ないなら旅行の後のケーキはいらないっすよね。いらないっすよねっ!?」
「それとこれとは話は別。勝者の当然の権利」

 何がしたいんだかわけわからないっすよっ!! と突っ込みを入れるよっちの言葉もどこ吹く風、ちゃるは何事も無かったようにカキ氷を口にする。
 しまいには二人が追いかけっこを始め、それを相変わらず騒がしいわねと眺めつつ、郁乃はその手の中のぬいぐるみを玩びながら貴明の隣に腰掛けていた。
 結局は散々あのクマを撃って慣れたから手に入れられたんだよね、と思いながらそのぬいぐるみに付けられたタグを見てみる。
 HMX-12。
 モップをもった髪が緑色で二頭身のそのぬいぐるみの名前らしい。
 いやなんか見覚えがあるような無いような、そんな文字列だがまあかわいいからいいや、と射的屋店主に渡されたビニール袋に戻してから傍らに置き、自分の分のカキ氷を手に取る。
 一口口に含み、冷たい感触を堪能しながら郁乃は夜空を見上げてみた。

「貴明」
「ん、ほうふは?」
「あんたねぇ。ストロー咥えたまま喋ってんじゃないわよ」
「おお、悪い悪い。で、どうした?」

 貴明がストローを口から離し、郁乃に向き直る。郁乃からは逆光になってその表情は良くわからない。

「……あー、うん。月が、綺麗ね」
「そうだな」
「またこんな風に騒げたら、楽しいのかな」
「そりゃ楽しいさ、きっと。またみんなでどっか行く機会もあるって」

 言いたい事、思う事はたくさんあるけれど、結局は何も言わずに郁乃は貴明と一緒に空を見上げ続けた。
 

「今必殺のそこらの屋台で手に入れた円盤ピストル連射をくらうがいいっす!!」
「いつの間にそんなものを手に入れていた。秘技クマバリア」
「山田さんの手の中にいつの間にやらクマ吉がっ!?」
「やたら説明的な台詞ね」


 雰囲気も何もあったもんじゃないし。

7/

「あれ?」

 カキ氷を食べ終わり、そろそろ花火も始まるし場所を変えようか、と歩き始めて数分。
 あたりを見回してみると、見知った者が一人もおらず、貴明は一人になっていた。
 はていつの間にはぐれたのか、とできる限り記憶を遡ってみる。
 たしか頭に張り付いていたクマ吉はよっちとちゃるが引き剥がしてなにかしていたし、愛佳と由真は目敏く見つけた焼きもろこしの屋台に特攻を仕掛けていた。
 そしてその姉にまだ食べるのかと、貴明と肩を並べて歩いていた郁乃が呆れた視線を投げかけていた。

 ただ楽しかった。
 よっちが、ちゃるが楽しげに騒いでいるのが、愛佳と郁乃が、由真が笑顔でいるのが、何事にも変えがたいものだと、大切な友人たちなのだと思うと嬉しくて、そのようすを眺めていた。
 女の子が苦手、それは今も変わらない。それでも、彼女らは大切な友人なのだと。
 そう思い、ふと思考に没してしまっていたら、彼一人になっていた。
 うっかりにもほどがあるなと、貴明は彼女らを探して歩き始めた。はぐれてから精々ほんの数分、そのうち見つかるさと気軽に構える。
 いくつかの屋台を見て周り見覚えのある浴衣を見つけるもそれは見知らぬ他人で、うっかり声かけなくて良かったと何度か繰り返しているうちに、ようやく見知った顔を見つけ出す。

「あらタカ坊。一人なの?」

 それは探していた人ではないけれど、貴明はホッと落ち着く相手だった。
 いやなんかはぐれちゃって、と少々ばつが悪く思いながら貴明にとって姉的存在である環のそばへと歩を進める。
 そういうタマ姉は誰か一緒じゃないのか、と聞こうとしたところ両手に景品がつまった袋を抱えた雄二と風鈴を片手に吊り下げたこのみが姿を見せる。

「あ、タカ君でありますよ」
「貴明よ。お前がとっとと姿消すから俺一人で荷物もちですよこんちくしょっ!!」

 二人は輪投げや射的などで得た景品をつめる袋を貰って来たところらしい。

「ふふふ。タカ坊がすぐに小牧さんたちとどこかに行ってしまったから、私たちは三人で見てまわっていたのよ」

 環は少々意地が悪そうに目を細めると『納涼』と書かれた団扇片手に貴明の手を取る。

「どうかしら、もうじき打ち上げ花火も始まるし、一緒にカキ氷でも食べながら休まない?」
「あー、いや。悪いけどさ、カキ氷ならさっき食べたし、それに……」

 それに、なんだろう。自分でも理由が良くわからないままに貴明は環の提案を断ろうとしていた。
 理由はなんだろう? ほんの数秒ではあるがためらい、必死に思考を巡らせる。

「そう、わかったわ」

 貴明の迷いを見て取ると、少し寂しそうに環はあっさりと引き下がる。しかしタカ君も一緒に花火見ようよ、とこのみが駄々をこね始めそうな様子を見せたのでそれを環がたしなめ、タカ坊がしたいようにするのがいいのよと微笑みながら告げた。
 どうして断ったのだろう。貴明自身不思議に思ってしまうが、何も思い当たらない。
 ふと郁乃は大丈夫かな、と不安が湧き上が。だが愛佳やよっちたちが一緒なのだと思いそれが理由じゃないさと、彼は別の理由を探る。
 他には特に何も思い浮かばず、ならばこのみたちと一緒でもいいのではなかろうか。
 やがて打ち上げられ始めた花火の爆発音が耳に届き、鮮やかな閃光に照らされる中、貴明はそう思い始めていた。

「あれ、河野君。郁乃は一緒じゃないの?」
「ちょっと貴明、あの子たちほったらかしてなにしてんのよ」

 愛佳と由真の二人がいつの間にやら現れ、そんな言葉を投げかけてくるまでは。

 数分後、貴明は来た道を逆に辿っていた。
 河野君と一緒だと思って安心してたよぅ、などと愛佳に言われてなんで俺が一緒だと安心なんだと疑問を抱き、山田さんと吉岡さんも一緒だと思うんだけど、と言うものの女の子だけだと危ないだろうと心配になってきた。

 「貴明、こう考えるんだ。ある意味あの二人が野放しだからこそ心配だと」

 雄二の言葉にそれもそうだなと何気に失礼な事を思い、貴明は三人を探しに行く事にしたのである。
 心情的には走り出したくもなるのだが、見落としをするわけにもいかないのと人出はそれなりにあるのだからと、心持ち早足で見て回る。 
 貴明は郁乃やよっちたちの浴衣を思い浮かべながら行き交う人々に目を向ける。時折似たような柄の浴衣を幾度か目にするが、なかなか郁乃たちの発見は適わない。
 露天の列が途切れ海岸線へと出る道まで来たとき、どうして見つからないのだろうとその胸中をざわめかせながら辺りを見回しているともう何発目であるのかわからない花火の破裂音が響き、貴明はその音につられて空を見上げ、その目に飛び込んできた夜空を鮮やかに彩る閃光を眺めた。
 赤や緑の残光が散りばめられ、その光によって星の輝きが隠れてしまう蒼く、暗い空。
 郁乃や吉岡さんたちもこれを見ているのだろうか、ならばどこか見晴らしの良い場所にいるのかもしれない。そう思い地上へと視線を戻したその先には、見覚えのある浴衣を身に纏い露天で売っているお面のあごを右手で持ち顔を隠した少女が、貴明と向かい合うように立っていた。
 お面に隠されているためその表情はわからないが、貴明に向けてじっとその視線を向けているのは彼にもわかった。
 そのお面にも見覚えがあったのと髪型などから恐らく、多分、きっと彼女だよな、いや違っていたら謝ればいいし、と思いその名を呼び声をかけようとした。
 だがその人物は貴明が声をかけるよりも数瞬早く、左腕を上げて海岸線へと向かう道を指差した。
 え? と思いつられて視線を向けてしまったが、暗くてその先の様子は良くわからない。
 少女に視線を戻し、山田さんだよね? と尋ねてみるが彼女はそれに答えず再度指差し、向こうでいくのんが待っていると告げて、自分はみんなのところに行くからと一言残して立ち去ってしまった。
 彼女の事を追いかけようかとも思ったが、貴明は指し示された方向へ歩き出した。
 一人にするのも心配ではあるが、今は郁乃の事が気になっているのだから。
 郁乃を一人にしておく事が不安で仕方が無いのもある。彼女はいまだ全快しているとはいえないのだし、昼間は休み休みとは言え散々歩き回っている。
 もしかしたらもう歩けないほど疲労しているのかもしれないとも一瞬考えたが、ならそれを放っておいてあの子らがいなくなるはずもなしと考え直し、よっちやちゃるに向けた謝罪の言葉を心中で呟いた。

 十メートルほども歩き海の方へと目を向けてみると、遠く離れた砂浜で動き回る数人の黒い影がみえた。
 恐らく花火を打ち上げている職人さんたちだろう、彼らが何かすると数秒ほどで天へと向かい火線が飛び上がり、空一面に美しい光の花を咲かせていく。
 貴明は辿る道の先に視線を戻し、そこに人影がある事を認めた。
 辺りには人気が無く、こんなところに一人でいるなんて無用心にもほどがある、とその人影へと近づいていく。
 ここに来るまでに他に誰とも出会わなかった。だからその人影が郁乃以外のはずもない、そう思い数歩進んだ時、また一つ花火が打ち上げられて、あたリを照らし出した。
 わずかな光に照らされて、ひまわり柄の浴衣で空を見上げる郁乃の姿が宵闇の中浮き上がる。
 貴明から見ると郁乃は左腕側を向ける形で、海に向かって立っている。
 数メートルの距離を離れた場所から見えた郁乃のその横顔に、貴明は見入っていた。
 花火の十分とはいえない光量に照らされたためか、その姿はそのままその闇に溶けて消えてしまいそうに見えてしまい、貴明の胸中をかき乱す。
 貴明は声をかけそびれ、しばしの時間立ち尽くす。数度天を舞う火花に照らされているうちに我に返り、郁乃に声をかける。

 何してんだこんな所で。一人でいてなにかあったらどうする。
 そう声をかけられ郁乃はその首を動かし声のした方向へと顔を向け、貴明の姿をその瞳に捉えた。

「本当に来たんだ。よっち達がね、ここでしばらく待ってろって言うから、その間花火見てたのよ。あんたを連れてくるって言って二人ともいなくなっちゃったし」

 薄明かりに照らされる中、ささやくように言葉を発する郁乃のその姿は、どこか儚く感じる。
 いやその性格、言動に誤魔化されてしまうけど、郁乃はどこか儚さを孕んでいたではないか。無愛想なことが多いけど、いつも孤独に怯えてはいなかったか?
 だから放っておけなかったのだろうか。だから邪険にされてもそばにいたかったのだろうか。
 貴明はそう思い、そう感じたとき唐突にある思いが湧き上がる。

 ――ああそうか、彼女は特別なんだ。タマ姉やこのみに近いけど、それとは違う大切な人なんだ。

 今まで考えもしなかった想いの突然の自覚。それは貴明にとって不意打ちだった。
 途端まともに郁乃の顔を見ることができなくなり、その視線を空に向けて花火が綺麗だなとどこかわざとらしい言葉を発する。
 そうね、と一言漏らして郁乃もまた空を見上げた。
 その視線を追い貴明も同じように顔を空に向けて郁乃の隣に並び、その横顔を盗み見る。 
 空を舞う光の演舞は確かに美しくはあったが、距離が近すぎるがために少々見辛かった。それでもただ彼女と一緒に見ていられる、それだけで十分に満足してしまえそうな気持ちになる。
 そうやってしばらく空を見上げ続けて時間を過ごしていると、郁乃はぽつりと言葉をこぼした。

「貴明。私、私ね……」

 え、と思い郁乃へと向き直るが、彼女は空を見上げたままこちらを見ずにそのまま続けていく。

「足引っ張ってるよね。やっぱり迷惑かけてるよね。いつも私なんかの相手させて、ごめん」

 その口調は普段見せる気の強さが嘘に感じられるほど、弱々しいものだった。
 違う、そうじゃない。そうじゃないけど、何を言えばいいのか判らず貴明はただ見つめた。

「ここで花火を見ている間に色々考えてた。皆気を使ってくれて、優しくしてくれて。嬉しいけど、なんだか辛い」 

 思いつめたものを感じさせる郁乃。その言葉を聞きながら横顔を呆然と眺めていた貴明は、いつの間にか郁乃の左腕を掴んでいた。
 貴明を見上げて驚いた表情を見せている郁乃を正面から見つめて、自分が何をしようとしているのか、何を言おうとしているのか解らぬまま自然と言葉がその口から吐いて出た。

「違う、そうじゃない。皆迷惑なんかじゃない、好きでやっている事なんだ。皆は郁乃が好きだからそばにいるんだ」

 貴明はまるでその胸中には元から用意してかのように、すんなりと出てくる言葉に驚く。
 そして話をしながら考えや想いを整理していくのだった。
 皆郁乃が好きだから。愛佳は姉として彼女を愛している。このみやよっちにちゃる、珊瑚と瑠璃は友人として好意を持っている。
 環は貴明の友人たちもまた大切なのだとどこか保護者のように見守っていてくれて、その輪の中に郁乃を受け入れている。
 だから必要以上に気にしなくて良い、ただ感謝だけは忘れなけれはそれだけできっと十分だから。
 必死に郁乃を諭しながら貴明は無自覚に、自分自身の事を口にしなかった。
 だからそれは必然。きっと郁乃でなくても思う事。いつかはきっと聞かれたであろう事。

 なら、貴明は私をどう思っているの?

 その言葉を投げかける郁乃を見つめ返し、貴明の口は動きを止めた。
 答えは自覚している。だけどそれを告げる事をためらう。お互い言いたい事を言い合えて、それでいて険悪にはならない今の関係。それが崩れてしまうのではないかという、恐怖を感じてしまったがために。
 真っ直ぐに貴明を見上げている郁乃の瞳が揺れて、わずかな震えが掴んだ腕を伝って貴明に教える。
 不安なのは自分だけではないのだと、その時彼は悟りどうしようもない愛おしさが湧き上がる。
 貴明はその手の力を緩めるとその目蓋を閉じ、自身を落ち着かせようとゆっくりと深呼吸した。
 大切な人だと、そう告げてしまっていいのか迷い、そして覚悟を決めようとする。
 そして決断しきれない貴明の思考を割くようにカサリという音が聞こえ、その目を開き郁乃の姿を捉える。小さな身体に細い肩をした少女は、ぬいぐるみが頭を覗かせているビニール袋を抱きしめていた。
 逃げ出したい、何故かそう思っていると貴明は感じ取る。もしそのぬいぐるみすらなかったら、彼女は立ち去ってしまっていたかもしれない。何かにすがらないと、押しつぶされてしまいそうなのかもしれない。
 だから、貴明は少しでもその不安を和らげたくて、その言葉を告げた。

 俺は、郁乃が好きだから。女の子として特別で大切で、好きな人のそばにいたい。だから、迷惑なわけがないんだ。

 その時の郁乃は呆然とした顔をして貴明を見上げていた。今なんて言われたのだろう、今言われた事は誰に向けて?
 数十秒の時間で思考を巡らし整理をつけ、その意味を理解する。
 顔中に血液が集まり紅く染め上げ、身体中の体温が一気に上昇していく。

 本当に? 本当だ。 信じていいの? 信じてくれるとありがたい。 本当に私の事を? えーと、もしかしたら、多分? マテコラ。

 ぎこちなく投げあう言葉はいつしかいつもどおりの掛け合いになり、気が付けば二人とも吹き出して笑いあっていた。
 シリアスなんてお互い似合わないな、と貴明はその手を差し出して、郁乃は何も言わずに握り返した。
 その後は貴明と郁乃、どちらも何も言わずただ寄り添い、空に描かれる光の演舞を眺め続けていた。
 こうして二人は今までとは少し違うけれどあまり変わらない、それでいて今まで以上に近しい関係になったのであった。

 んでもってその頃の他の方々。



 貴明たちからは大分離れた場所。そこでは眼鏡をかけ、とあるお面を側頭部に張り付かせた少女はしばし遠くを眺めてから、隣で2パック目のたこ焼きを胃に収めている共犯者に話しかけた。

「よっち、本当にこれで良かったんだな?」
「ふぇ、ふぁにふぁっふか?」
「……食べ終わってからでいい」
「ほーい」

 はぁ、と彼女にしては珍しく、ちゃるはため息をつく。
 相棒同様、彼女もあの先輩の事を気に入っていた。だからこそ、大量の食料を胃に納め続けている少女の淡い想いにも気付いていた。
 今の彼女は自分が望んでそのとおりになった結果に、自覚の無いままやけ食いをしている。
 そんなになるくらいなら、もっと自分を売り込めば良かったのに。
 思いはしても口にはせず、もう一度眼鏡越しの視線を遠くに向ける。
 実はその位置からはぼんやりとだが、花火の光によって貴明と郁乃の様子を伺う事ができるのだ。
 寄り添う二人の影を見つめて、よっちと合流したときの事を思い出す。
 よっちが貴明を呼びにいき、ちゃるは予め決めていた場所で彼を待っていた。
 予定より少々遅れてやってきた彼を誘導して行き先へ向かわせた後、貴明をよこしたと思っていた相棒が「いや~、なんかすれ違ったみたいっすよ」などと今自分たちがいる場所での合流時にのんきに言ってくれたときには、思わずデコピンしてしまった。
 はぁ、と再びため息。
 ジタバタともがきどこかに(いや恐らく貴明たちを邪魔しに)行こうとするクマのぬいぐるみを押さえつけながら、ちゃるは金髪ツインテールの『肉まんあぅ~』な少女をディフォルメしたお面をいじくる。
 まあ予定通りなのだから、今更言ってもしょうがない。
 視線を空に移し、相棒の手綱をしっかりと握っておく事を星に誓っていた。これからも何するかわかんないし。
 その横には「おいちゃんは、おいちゃんは応援してるからねっ!」「いや、私には良く見えないんだけどね」と、愛佳と由真の二人もいたり。


 そしてその頃の環たち。彼女らはカキ氷片手にラジオから聞こえてくるパーソナリティの声に耳を傾けながら、休憩所で涼んでいた。

『今日の、一発目っ! PN.ねこっちゃさんからですよ~。『みねちゃん、こんばんにゃ~』はい、こんばんにゃ~。『カキ氷を食べていて頭が痛くなった時、どうすれば早く治まるのでしょうか?』うーん、難しい質問ですねぇ。そうですね、お湯とか飲んでみるといいのではないかな、と思います』

 なんだかどうでもいいような、しょうもないような事をまじめに答えるラジオなのかしら、と思いながらもある意味いいタイミングねと宇治金時を一口。 
 目の前で頭を抱えて痛みをこらえている、雄二とこのみの二人を眺めながら、彼女はゆっくりとその山を崩しにかかる。

「瑠璃さま、どうですかこの竜は。わたくし見事やり遂げましたっ!」
「凄いなぁいっちゃん。綺麗な飴細工の出来上がりや~」
「なんでうちらはいつの間にかこないな事しとるんやろう……?」

 すぐ近くに見える飴細工の実演販売の露店から聞こえる声を聞き流し、環は空を見上げて花火を眺める。
 きっとタカ坊は郁乃さんたちとこれを見ているだろう、そう思いながらメイドロボに占拠された露店の店主の煤けた背中を、視界の片隅から追い出そうと試みているのであった。

8/

 そして次の日、旅行最終日である。
 一行は海へと向かうのだが、貴明と郁乃は宿に残っていた。
 二人でいちゃつくため、ではなくて。やむを得ぬ事情により外出を控えているのである。
 理由、郁乃の筋肉痛。
 前日観光と祭り見物で散々歩き回った結果、郁乃は見事に立ち上がれない状態になってしまったのである。
 帰りのバスの時間までには治る、というか治す。と言い張り皆を送り出そうとする郁乃の面倒を貴明が見ることを、満場一致で決定されてしまった。
 貴明は他の面々を送り出し近所のコンビニにて湿布剤を購入し、前日に愛佳が郁乃の脚に貼ってあげた物と交換していく。
 そして布団に身体を横たえた郁乃のそばで胡坐をかき、なんでか皆してニヤニヤしてなかったか? などと思い返してはため息をつく。
 ふと貴明はひざを突付かれている事に気付き、郁乃へと視線を向けてからどうした、と声をかける。
 ごめんね。貴明も遊びに行きたかったよね、などと申し訳なさそうに言う少女の姿に慌てて違う、そうじゃなくて皆してなんか微妙な視線を向けてたなと思ってだな、と弁明をする。
 あー、確かにそうね。あの姉も昨日は湿布貼ってくれながらニヤニヤしてたし、と証言。
 貴明は思う。もしかして告白しちゃったの知られてる? と気が気ではなかったり。
 当たり障りの無い話をしながら時が過ぎ、お昼時となって女将さんが昼食を運び入れてくれた。
 そのころにはある程度痛みの引いた郁乃も身を起こし、一緒に食事をとる事にした。女将さん特製のつゆでいただく素麺である。
 郁乃は身を起こしたもののテーブルにつけないので、あーんなどとしてしまう貴明。郁乃は気恥ずかしさを押さえ込み差し出されたそれを口にした。
 お互い赤くなりながらも昼食を終え、のんびりと窓の外を眺めて、何も無いけれど幸せなじかんを過ごしていく。
 しばらくすると郁乃は貴明にその身を預けて、いつの間にか眠りに落ちていた。やがて貴明もその目蓋が落ち始め、大切な少女をその腕の中に包みこむと、彼も寝息を立て始めていくのであった。

 やがて陽が傾き始め、旅館を引き払う時間が近づいてきた頃。
 はっとして目を覚ました貴明は、自分のものでは無い体温を感じてその腕の中を見やる。
 そこにある安心しきって穏やかな寝顔を見せる彼女の姿に、やがて愛おしさが胸を満たして行き、本人の意思とは裏腹に目を閉じ顔を近付けていく。
 ああこれが人を好きになると言う事なのか。自分の行動をどこか冷静に認識し、抗うことなくその唇に吸い寄せられていく。

 そして、モフッとした。

 とっさに目蓋を上げてみれば茶色かったりする頭と丸い耳が目に入り、その向こう側で愛しい少女がぼんやりとしたその眼を瞬かせている。
 気恥ずかしさと落胆をない交ぜにして身を離し、その物体を凝視して彼は口を開いた。

「クマ吉さんや。いつの間にとかどうしてとかは聞かない。ただな」

 目の前でその頬に両手を当てて照れていると思われるしぐさをしているぬいぐるみ。
 貴明の唇はその額に当たっていた事になる。

「ただな。…………この行き場の無い憤りはどおすればいいんだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 ぴょんと畳の上に飛び降り脱兎の勢いで逃げ出すクマ吉。それを捕まえようと手を伸ばすがかわされ、トテトテ足音を立てて走り去るその後姿を視線で追いかける。
 そしてどこからか視線を感じてとっさに振り返ると、その先にはわずかに開いた襖があり、複数の瞳が覗き込んでいた。

「く、あのクマもうちょいだったのに余計な真似を」
「みっちゃんはヤキモチ焼きやな~」
「くぅ~、惜しいところだったよぅ。郁乃の初めてだったのに」
「イヤ、良いんだけどね。愛佳の手の中にカメラがある事を私は気にしないことにするから」

 と、そんな会話も聞こえてきたり。
 ああそうか。みんなしてデバカメかい。ハッハッハッハ、と貴明は遠い目をしてみる。

「君らは何をしてますかーーーーーー!!」

 とりあえずやり場の無い怒りをその面々にぶつけてみることにした。

「くかー」

 そして郁乃嬢は未だ夢の中にいたり。
 その少女を大切にする事を誓い、貴明はこの旅行が彼女の一生の思い出になるであろうと感じながら、友人知人に後輩たちを追い掛け回す。
 郁乃との思い出は、これから作れるから。今は彼らとの他愛ない騒ぎにその身をゆだねて、赤く染まっていく自身の顔をごまかす事にした。

 その後の彼らは時間ぎりぎりまではしゃぎ、帰りのバスや電車に乗り遅れかけたりして、自分たちが暮らす街へと帰って行くのであった。

9/

「突然だが挨拶代わりのまーりゃんだぶるどりるきーーーーーーくっ!!」
「うどわっ!?」
「それってドロップキックよね」

 数時間後到着した駅にて、よっちとちゃるがケーキは今度の日曜にと言うと走り去り、環が郁乃さんをしっかりと送ってきなさいねと貴明に言いつけ、このみと雄二を連れて姿を消す。
 姫百合一家はすでに夢の世界にいる珊瑚をタクシーに乗せて帰宅して行き、そして愛佳と由真は先に行くね、と急ぎ足で立ち去った後、貴明は郁乃をその自宅に送り届けるため付き添い歩いていた。
 そしてその途中であまり出会いたくない人物と遭遇し、あまり常識的ではない挨拶をされてしまったのである。

「いきなり何をしますかあなたは」
「ええい、俺様のやる事をいちいち気にするな。それよりもたかりゃんよ、見違えたぞっ!!」

 はて、そんなに酷く日焼けしたかな、と思い自身の身体を見下ろしてみる貴明。それほどでもないよなぁと、腕を見てみる。

「あいや。間違えた。見損なったぞたかりゃんっ!! 俺様に一言もなしに海に行っちまうだなんて、思わず二日ほどたかりゃん宅玄関前で野宿しちまったじゃないか」

 貴明は痛みを感じ始めたこめかみを揉み解し、まーりゃんに向けてそういった事は迷惑だし、ご近所に変な噂が流れるのでやめてくださいね、と注意するのだが、多方面にて天災の如く扱われる先輩は人の話を聞かずに自分の言いたいことをまくしたてる。

「しかも帰ってきたらいくのんとラブラブだぁー? 俺も混ぜろーーーー!!」
「全力でお断りしますっ!!」

 何言い出すかなこの人、と酷くなる頭痛をこらえて傍らの郁乃にこの人の相手をするんじゃないぞ、と目配せをする。

「ちぃっ、詰まらん反応だ。ならば今、ここに召喚。出でよ、さーりゃーんっ!」
「いえあの、私さっきからいますけど」

 ああまたこの人はいいように使われてるのか、とちょっと涙をこぼしそうになるが気にしないことにした。疲れるし。

「さぁどうだいたかりゃん。ロリロリな俺、グラマーでうらやましい限りのさーりゃん。この誘惑に耐えられるかっ!」
「とりあえず久寿川先輩が困ってますから、悪さもほどほどにしといてくださいね。先輩も見た目はともかくいい歳なんですから」
「あたしぃ、永遠の十四歳だしぃ♪」
「寝言は寝て言えと言っておきます」

 本気で何がしたいんだこの人、そう思っていると左腕に郁乃が抱きついてくる。どうした、と聞く前に彼女はまーりゃんたちに向けて言葉を放つ。

「コレ、私のですから変なちょっかい出さないでください」

 コレとは物扱いですか、いやそれより所有物扱いですかと突っ込みたくなるも腕に感じる体温にドキドキして、何も言い出せない貴明である。

「それで……私もコレのですから」

 そこで顔真っ赤にして何言ってますかこの子、いや今何を言いやがりましたか、てか意外と独占欲強かったんだなぁこいつ、などなど色々と脳内を駆け巡り、貴明はオーバーヒート寸前になるのであった。

「た、たかりゃんが、たかりゃんがーーーー!? 大人への蜘蛛の糸を駆け登ったー!!」
「まーりゃん先輩、怪談です、蜘蛛の糸だとなんか別の話ですっ!」
「字が違うんよ会長さん。怪談だとホラーになるんよ」
「るー。この場合うーでは赤飯を炊くのか、それとも紅白饅頭を用意するのだったか?」
「……ハッ!? 落ち着け、俺。たかりゃん、式の時には呼んでくれっ、スピーチは任せろっ」
「貴明さん、その時には自作の詩で祝電打ちますね」
「あんたら落ち着けっ!! いやいつからいたんだよおいっ! それと式ってなんの事ですか先輩、ご遠慮しておきます草壁さん」
 
 唐突に騒ぎになり、思わず郁乃をその腕の中に収めてから冷静になろうとする。あまり効果が見えませんけど気にしてはいけない。

「河野さん、お祝いには先日見つけた、『暗闇で光るナマコさんフォトスタンド』をお贈りしますね」
「それは不気味です先輩」
「可愛いのに……」

 なにやらわけのわからないまま今回本編にて出番の無かった面々が騒いでいるが、それらを無視して郁乃は貴明の腕の中で顔を真っ赤に染めているのであった。

 そうして散々騒いだ後解散していく友人たち。彼女らを見送り貴明は郁乃の手をとる。
 彼はこの小さな手をした少女と、いつまでも一緒に居られればいいなと思い、歩き出す。
 そして数メートルほど進んだ頃、郁乃が足を止めてから貴明を見上げてささやく。

「騒がしいのは疲れるけど、貴明と一緒なら楽しいから、これからも……ん、なんでもない」

 言葉の途中で照れが入ったのか途中でごまかし、その視線をそらして歩き出した郁乃に貴明はそっと微笑みかける。
そして彼女の隣に並び、これからもそばに居られるよう願い、ゆっくりと歩くのであった。

 その後の彼らを少しだけ語るのなら、二学期早々に貴明のクラスに転入してきた桜色の髪の少女が郁乃と張り合ったり、唐突に珊瑚たちからメイドロボを一人預けられたり、やっぱりまーりゃんに振り回されたり、文化祭で何故か瑠璃と郁乃が出し物で張り合ったりするのだが、それはまた別の時に語られるべき物語であり、このお話はこれにてひとまずの幕である。

おしまい

とあるADZの禁書目録(マテ)

 こんにちは、ADZです。

 今回のお話は、元々は七月ごろに書き始めたものでして、途中何も書かない時期があったりと、今になってようやくお目見えという、季節外れもいいところの話になってしまいました。
 まあ一度世に出してしまえば後は読むときの季節なんて関係なくなりますが、やはり気分といいましょうか、書き手のノリにも若干影響ありまして……と、言い訳は必要ないですね、済みません。

 さて元々のプロットでは二学期初頭まで含まれていたのですが、蛇足かなと切り捨て、最後に少しその名残が残る程度です。
 この後の話が書かれるのかどうかは未定ということでお願いします。

 ……ところでこれ、以前の「夢で会いましょう」のその後、という事でどうですかね? と思いつつも多少食い違う部分もあるので無理かな、と思ったりもします。
 まあそこはとある小説の一巻と二巻以降とで設定が違うよ、程度の差ということで……駄目?

 無駄に長く、途中何がしたいのか良くわからない今作。何度分割して投稿してしまおうか、と思った事でしょう。でもそれをしてしまうと続きがいつまでも出来上がらないという可能性が高いため、書き終わらせての投稿となりました。いや他所で前科あるし。
 
 このようなしょうもない作品に時間を割き、そして最後までお付き合いくださった皆さんに感謝し、本日はこのあたりにて失礼いたします。

 それではまた、いつの日にか。

とあるらいるの超電磁砲

どうせ悶え転げまわってることでしょうから、特には言いません(おいこら)。

さて今回は頂いた通りにHTML化してみました。意味段落はPで、インデントはそのまま一文字分空白を空けてあります。作業的には改行後の空白を消す、というだけですので今まではインデントを削っていたのですが、試しにそのままにしておきました。
日本語フォントの問題などはこういったサイトを訪問している人には無関係だとは思うのですが、本来的にはノンブレーキング・スペースを使うべきで、実際、前編の「後編へ続く。」とb_list.jpg(497 byte)の間はノンブレーキング・スペースを使っています。
もちろん、CSSでPタグに対してインデントを入れる方法だってありますが、SSの場合厳格に意味段落でタグ分けして書くというのはそれほど簡単ではないような気がします。「これくらいの間を空けたい」という感じでEnterを押しているため、視覚部分をその通りにしようとなるとクラス指定が膨大になるか、Pタグごとにスタイル指定をしなければならなくなってしまいます。
頂いたテキストの見栄えを出来る限り反映させたいと思っていますので、その方法はちょっといただけないな、ということでこうなりました。
例のごとく<br />タグがやたら多いソースになりますが、この辺もSSのHTML化としては避けられない問題だよなあ、と思いつつ、続編を期待して待ちましょうw

ADZさんへの感想や励ましなどは、
nao-sあとyel.m-net.ne.jp
へどぞー。