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はじまりの雪

written by 信周

「アキト、白いものが降ってる」

ラピスの言葉に、アキトは分解整備中の愛銃から目を離すと、窓に視線を向けた。窓からは、空から白いものが舞い降りるのが見えていた。

「雪、か」
「……雪? これが?」
「そうだ」
「……雪……気象現象の一種……大気中の水分が冷えて出来た結晶……」

相変わらずの物言いに、アキトは苦笑を禁じえない。
最近では大分ましになってきたとはいえ、ラピスの感情の発育というものは、やはり芳しくない。
別に皆が皆同じ反応を示す必要などないが、それでももう少し情緒的な反応を期待してしまうのは、『大人』の勝手な性なのだろう。
少なくとも、己が復讐に子供を付き合わせた人間の持っていい感傷ではないなと皮肉に考える。
そんな事を考えていたせいか、いつの間にかラピスが自分の傍に来ているのにも気付かなかった。
上目遣いでじっとこちらを見ているラピスに、やれやれと溜息をつく。
こんな仕草を教えているのは、どうせあの二人だろうと判断するアキトの脳裏で、金髪の麗人と黒髪の佳人がにやり笑いを浮かべていた。
必要無いとは言わないが、今からあまりすれさせるのはどんなものかと思うのは、いささか過保護に過ぎるだろうか?
ともあれ、このまま放っておけば、いつまでも黙っていそうなので、こちらから水を向ける事にした。

「どうした、ラピス?」
「……外で見てみたい」
「外でか? 寒いぞ?」
「……外で見たい」

珍しく自己主張するラピスの姿は、諦めさせるつもりだったアキトの気を変えるには十分だった。
常々ラピスにはもっと自分の意見を持ってもらいたいと思っているだけに、こんな機会は逃すべきではないと判断する。

「分かった。だけど風邪をひくといけないから、少しだけだぞ?」
「うん」

室外に出ると、降ってくる雪に取り囲まれた。
積もるような本格的な降り方ではないが、その舞い降りる姿を鑑賞するには十分だろう。

「……綺麗」

次々に降ってくる雪の元を探すように、ラピスは天を見上げている。その星の眼差しはじっと一点を見詰め、動く事はない。

「雪が気に入ったのか?」

そう問うアキトの声も耳に入らないらしく、ひたすら雪を眺め続けている。

(こんな事なら、エリナに言って旅行にでも連れて行かせれば良かったか)

ラピスは感情が無い訳ではない。ただ、その表現方法を知らないに過ぎない。
だから、アキト達は何くれと世話を焼き、その方法を教えようとしていたのだが……。

(所詮人の浅知恵は自然の理には及ばない、か。当然の事だな)

本当にラピスの為を思うならば、様々なものを見せてやるだけで良かったのだ。自分達も誰に教わる事無くその方法を身につけたというのに、何と迂遠な事をしていた事か。
いや……と、アキトは苦い笑みを浮かべた。

自分の手でラピスの感情を引き出したかったんだ、俺は。
何故か? 決まっている。
そうする事で罪の一端なりと償えると思ったから!

己のあまりの汚さに、アキトは吐き気さえ感じた。
己の感情を満足させる道具としてラピスを使おうとしていた自分。
その何処にラピスをモルモットにしていた科学者どもと異なる所があるというのだ?
こんな自分に、ラピスの為にしてやれる事などあろうはずもない。
そんな鬱屈した思いがアキトの胸を締め上げる。
その思いは決して初めて抱くものではなく、もう数え切れないほど胸中で弄んできたが、これほど強く感じた事は初めてだった。その強さのあまりか、感じないはずの痛みすら覚え、アキトは胸元を強く掴んでいた。

「アキト、どうしたの?」

いつの間にか、ラピスが自分の腕を掴んでいるのに気付く。

「アキト、辛そう。胸が苦しいの?」

そう言って、必死に背伸びをして、アキトの顔を覗き込もうとする。
思わぬ力で腕をぐいぐいと引っ張られ、虚を突かれたアキトは姿勢を崩した。
思わず膝を突いたところで、視界が真っ暗になる。
ラピスに抱きつかれている為だと気付いたのは、数瞬後の事であった。

「ラピス?」
「……ごめんなさい。私が我が侭言ったから、アキトの具合が悪くなった」
「それはちが——」
「……もう我が侭は言わない。何でもアキトの言う事聞く」

ようやく芽生えつつあるラピスの自己主張を、俺が押しつぶそうとしている!

アキトの受けた衝撃は大きかった。
自分という存在がラピスにこれほどの影響を与えるとは思っていなかった。
……いや、そうではない。その事実から目を逸らそうとしていたのだ。

「……それは駄目だ、ラピス」

かろうじて声を出す。
これまでも散々勝手な事をやってきた。
ラピスが何も知らず、自分を慕っているのをいい事に、復讐の道具にもした。
だが、これだけは駄目だ。
それをやってしまえば、自分はもう存在する資格すらなくなる。

「いいか、ラピス。お前はもっと我が侭を言っていい。勿論我が侭を言ってはいけないという時はある。だが、それ以外の時は、お前がしたい事を素直に言ってくれ」
「……分からない……どんな時に我が侭を言っていいの?」
「俺が、いや、俺達が教えてやる。言ってはいけない時に言ったら叱ってやる。だから、お前は安心して我が侭を言え。そして、時に怒られながら覚えていくんだ。人は皆そうやって色んな事を覚えていく」
「……我が侭言ったら、捨てたりしない?」

怯えの篭った問い。
潤みを帯びた星の瞳を見詰めながら、アキトは微笑んだ。
それは、彼を慕う者達が望んで已まぬ、優しい微笑み。
アキトの力強い腕がラピスを高々と抱き上げる。

「捨てたりなんかしない。ラピスは俺の大事な娘だ。きちんと一人前に育って独り立ちできるようになるまで、ラピスが俺の事を必要としなくなるまで、ずっと傍にいるよ」
「……私はアキトとずっと一緒がいい」

いつもの答えをラピスが返す。
そうか、と答えながらラピスに頬擦りする。

何時の日か、ラピスも俺から離れていく日が来るだろう。
それは寂しい事ではあるが、喜ばしい事でもある。
ラピスを俺から奪っていくのは、さて、どんな奴だろうか?

気が早すぎるような感慨を胸に、アキトは空を見上げた。
そこにはいつものような星の輝きは無く、雲間より白い雪が舞い降りてくる。

純粋無垢な真白な雪。それは真黒な雲間より生まれ出で、地上に舞い降りるもの。
ならば同じ真黒な自分にも、同じ真似が出来ないなどと如何して言えよう?
この無垢な妖精が、いずれ自力で羽ばたけるように。
その時が来るまで、いかなる手段を使っても守り通してみせよう。
これは誓約。
かつて自分を騎士と呼んでくれた少女には守ってやれなかったそれを、今度こそは。

この時、アキトは再び騎士となった。
夢と希望を絶望と悔恨に持ち替え、その身は血と罪に塗れていたけれど、その想いだけは何人も止める事はかなわず。
騎士と妖精は無言のままに舞い降りる雪を見つめ続けていた。

それは、黒の皇子が妖精の騎士として再び誇りを取り戻した契機となったお話。
己が罪故に道を見失っていた騎士が、再び自分を見出した日の出来事だった。

あとがき
どうも、信周でございます。
毎度毎度、馬鹿の一つ覚えの劇ナデアフター、相も変わらずうじうじした黒アキトを書いています。
他に書けないのかと問われれば……その通りとしか答えられないのが何とも(汗)。
そもそもこのお話はラピスメインになる予定だったのに、書き始めてみれば、またも黒アキト。
すいません、もいちゅさん。以前頂いた感想の中にあった『雪をジーっと見詰めるラピス』を書こうとしてみたのですが、このざまです。
らいるさんにもごめんなさい。『らぴす萌え』のらいるさんに信周解釈のラピスをお届けしようとしてみたのですが、見事に失敗してます。まだまだ彼女について考えなければ、書く事もままならぬようです。
このお話は、IFCに投稿した『冬の日のお話』の前の時間軸のお話です……というか、そのはずでした(苦笑)。
ですが、間を空けたせいか、このお話のアキト君とあっちのアキト君がリンクしなくなりまして(汗)……まあ、ありえたかもしれない一つのパラレルストーリーとしてお楽しみいただければ幸いです。
それでは、今回はこれで。
次は祭りか『安息〜』か……どっちになるんだろうねぇ?

from らいる
2本目の短編を頂きましたよー。

いやいや、もうナイスですよ!
ラピスと出会ってからのアキトにとって妖精とはラピスでなくてはならない、これはもうラピス萌えの私にとっての鉄則です。

ラピスにとって(多分)初めてのわがまま。
光景が目に浮かぶようです。……可愛らしいですねぇ、ラピスって。<想像してる
>「……私はアキトとずっと一緒がいい」
ええ、死にましたよ、ここでは。
>そうか、と答えながらラピスに頬擦りする。
とってもよく気持ちがわかります。っていうか当然の対応だと思います、はい。

らぴは出番が少なかっただけに、「らしく」書くのって非常に難しいですよね。何たって台詞があれだけじゃあ……(笑
でも、このらぴは、何だかとっても「らしく」感じました。
私もそろそろらぴSSを……

祭りSSも安息も、どっちも「すっごく」期待して待ってますねー