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それでも私は、あの人がほしかった。

たとえ、どんなに苦しくて。
たとえ、どんなにせつなくても。

あの人を感じていられること。
それだけが、私のすべて。

もう、誰のこともどうでもいい。
私はただ、あの人を感じていたい。

初めて、そして永遠に愛しつづける。
たった1人の、大切な人を。

機動戦艦ナデシコ - Forget me not(02)

「アキトさんは、どうしたいんですか」
部屋を出るとすぐ、ルリが尋ねる。

「唐突だね。そうだな、ここで静かに暮らすさ。幸い五感も・・・」
「また、逃げるんですか」
覆い被さるようにルリが言葉を投げる。
階段を降り始めていたアキトは、少し動きを止めたが振り返ることもなく再び足を運ぶ。

「・・・逃げてない」
「逃げてます。・・・どうしてですか」
降りきったアキトが、ようやくルリを向く。
「どうして逃げるんですか。ユリカさんから、私から」
「・・・・・・・行こう」
それには答えず、歩き始める。
ルリは黙ってその後をついていった。

ウィンドウ越しの街は、急ぎ足で通り過ぎる人だけを映し出す。

イネスに電話を入れたアキトは、黙ってカップを傾けている。
「何を話していたんですか」
どうでもいいことだ、そんなことを聞かなければ沈黙が支配する2人を自嘲気味に感じて、ルリが口を開く。
「ああ。遅くなるとラピスが泣くからな。ドクターに頼んでおいた」
「イネスさんはずっと?」
ルリの言葉は足りない。
だが、アキトには何を意味しているのかはよくわかっていた。
「ドクターだけだ。エリナもアカツキも知らないよ」
「そうですか・・・」

どうしてイネスには頼れて、自分には頼れないのか。
それほどまでに軽い存在なのだろうか、自分は、そしてユリカは。
偽りでも、児戯に等しかろうと、仮にも家族として過ごしたのではなかったか。
そして、その家族を救うために戦っていたのではないのか。

聞きたいことが頭の中を駆け巡る。
だが、どれも言葉になることはなかった。

代わりに口をついたのは、 「いつまで逃げるつもりなんですか」

ルリの言葉に、アキトはようやく彼女の方を向いた。
再び同じ言葉が繰り返されるのか。
そう考えて、次の言葉を用意して待つ。
だが。

「そうだな。・・・・・・いつまでも、だ」
肘掛に頬杖をつく。
「だけど、今は幸せだから」

それは、最後通牒。
今が幸せなら。
そこに忌まわしい過去が入る余地はない。
辛いだけの過去、ならば。

ならば、彼は逃げているわけではない。
望んで手に入れたものを、望んで維持しているのだから。

そう、かも知れない。
テンカワアキトの望んだ生活は、こんな街の、小さな暮らしにあったのだろう。
決して、戦いや喧騒の中にあったのではない。

ルリの抱く想い出が、アキトにとって辛い過去でしかないのならば。
自分がそれを思い出させてしまうだけの存在ならば。
それなら、諦められる。いや、自ら身を引ける。
誰よりも、アキトが大事だから。

(駄目・・・)

ルリはぐっと、手を堅く握る。
胸の奥に熱い塊があって、それが内側から突き破って出ようとしている。

(アキトさんを追うために来たんじゃ、ない・・・)

ただ、会いたかった。
もう誰もあなたを追い詰めたりしない、そう言ってあげたかった。
いつも何かに追われ、安らげる日を過ごしたことのない、あの人に。

これから始まる平穏と安息を、教えてあげたかった。

そのためだけに、軍を辞めてこの街へ来たのだ。
アキトと一緒に暮らせなくてもいい。
彼には・・・あの少女がいる。
ラピス・ラズリが。

だから、自分は傍にいられなくてもいい。
ただ、せめてあの人の息吹を感じられる場所で、あの人を想っていたい。

馬鹿なこと。
そう笑われたっていい。

(駄、目・・・・)

やっぱり駄目だった。
どんなに平静を装っていても、目の前に最愛の人がいる。
それだけで、ルリの胸は苦しくて仕方がなかった。

言い繕えない。
誤魔化しきれない。

もう、自分のすべてが、アキトに向けられていることを。

「・・・だから逃げるんですか」

「そうだ。俺にとっては、今の生活だけが全てだ」
「私は・・・・・アキトさんにとって・・・」

震える語尾を、隠し切れない。
声が、自分のものと思えない。

「アキトさんに・・とって・・わた、しは・・・・」

言えない。
自分の口からは、とても。

それを言うのはあまりに辛すぎて。
苦しすぎて。
その言葉を口にしてしまうと、

こころが、こわれそうで。

「ルリちゃん」
俯いたまま、涙を零さないよう歯を食いしばって膝で固めた手を握り締めるルリ。
ここで泣いてしまったら、いけない。
涙を使いたくない。

「ルリちゃん」
再び、アキトが呼びかける。
それはとても、優しい声で。

あの頃のような。
熱血だけれど、少し気の弱い、優しい呼びかけで。

もう、だめかも知れない。
そう思った瞬間、握った手の上に、雫が落ちる。
一粒、落ちたかと思うと、堰を切ったように横溢する。
ここまで何とか耐えてきた。
出来る限り冷静に、アキトと話せるように。
滾るような胸の想いを押し殺して。
けれど。

自分を、あの頃のように呼ぶアキトの声を聞いてしまうと、耐えられなかった。

「・・・・っ・・く・・ぅ・・」
声を押し殺して涙を流すルリに、アキトはかける言葉が見つからなかった。

逃げていた、そうだろう。
どんなに言い繕ったって、ルリから逃げていたのは確かだ。
(でも、ルリちゃん・・・)
目の前の小さな、あの頃より小さく感じる少女に呼びかける。
(俺はね、ユリカから逃げていたわけじゃないんだ・・・)
まして、連合宇宙軍や治安警察に逮捕されること、更には連邦中央情報機関を恐れていたわけではない。
ただ、ルリに会うのが怖かった。

なぜ。

それもわかっていながら、避けた。
わかっていたから、逃げた。

ばかだ。

そんなこともわかっている。

どんなに逃げても。
どんなに忘れようと努力しても。

忘れられるはずがないから、逃げているのだから。

ラピスのため、それもある。
嘘でもまやかしでも、自分を誤魔化す方便でもない。
心からラピスの幸せを願っている自分がいることは。
そして、そのためにこれからの人生を使おうと思っていることも。

自分のこれからの人生は、ただ、ラピスのためだけに。
警察にも軍にも追われる自分だから、誰も巻き込みたくない。

だが、それらは詭弁。

ラピスの幸せのために使う人生に、他の誰かがいて何の不都合があろう。
追われる身なら、それこそラピスを誰かに預けておくべきだろう。
簡単なことだ。
本当に誰も巻き込みたくないなら、いや、本当にルリを巻き込みたくないなら、そしてラピスの幸せを願うのなら、身一つで逃げるか、自首すればいい。
甘美な自己犠牲という陶酔に浸りたければそれが最も確実だ。

それをしないのは、自分が求めてしまっているから。

ルリの姿を見たとき、驚きと同時に、泣きたくなるほどの嬉しさを感じた自分。
結局、ルリを求めていた自分。

「ルリちゃん・・・」

目の前で泣き続ける少女に心を奪われて。
時だけが、ただ静かに流れて行った。

こうなることを、自分は望んだのだろうか。

ルリは暗闇で自問する。

闇。
匂い。

けれど、その答えは既にあったのだ。
毎晩のように繰り返される夢。
the prince of darkness、テンカワ・アキト。

夢に現れるアキトは、昔のままに優しかった。
優しく、ルリの体に触れ、口づけをし、そのまま優しく抱きしめる。
次第に力を込められる腕に抱きすくめられ、ルリの息遣いが荒くなって。

愛おしさに気が狂いそうになった瞬間、胸の奥から漏れる吐息。
そして・・・。

いつも、そこで目覚めてしまう、夢。
起きたときには、夢の中よりも切ない心を抱えて放心する。
夢なのに。
いや、夢だからこそルリの欲望は留まるところ知らない。
無情なベルがなければ、果てしない欲望を貪り続けていることだろう。

そうなる前に。
ずっと手前でたたき起こされてしまうのに、全身の神経が尖って、衣擦れにも声を上げてしまいそうな自分。
眠っている間に、自慰行為をしてしまっているのか、溢れるように流れている愛液で下半身が気持ち悪い。
そ、っと下着の中に左手を滑り込ませると、恥ずかしさに顔が火照る。
けれど、その恥辱感すら、ルリの良識を押さえ込むには十分な力を持ち、いつか彼女の華奢な白い指先は、恥部を押し広げ自身の中に入り込んでいく。

右手はシーツをつかみ、声を押し殺す。
荒い息遣いの中で、思い描くのはアキトの声、アキトの手、アキトの瞳・・・。
イメージの中でアキトは、ルリの体を蹂躙する。
左手を器用に使い、包皮を剥き、指の中ほどを押し付ける。
強くかみ締めた唇から嗚咽にも似た悲鳴が漏れ、同時に指先がかき回す水音が激しくなる。

いつか、膝まで下ろされた下着にまで滴が飛び散り、アキトの指は更にその激しさを増していく。

思考は靄で霞み、痙攣をはじめる腰が浮く。
張りツめた乳首の痛みも感じなくなるほど、ルリは快楽に溺れていく。

寄せた眉根がそろそろ限界であることを表し、そして、

堪えきれずに上げた悲鳴と共に、果てる。

まだアキトは離れない。
余韻を楽しむかのように、ルリの首筋にキスをする。
片手は小さく膨らんだ乳房を撫で、乳首に触れる度、ルリの腰は跳ね上がる。

何度かの痙攣を越え、ようやく離れたアキトと共に、ルリの意識も目覚める。

そんな、朝。

そんな朝を毎日繰り返している。
だから、問いかけるまでもない。

自分はアキトに抱かれたい。
それが真実。
そこに愛がなくとも。
女として見てくれなくとも。
一度だけ、たった一度だけでも、アキトに愛された証が欲しい。

それだけで、生きていける。

「ルリちゃん・・・」

アキトは自問する。
自分は、どうしたいのか。
何になりたいのか。

答えは決まっている。
今まで逃げてきたのは、その答えを認められるだけの時間的余裕が欲しかったから。
ただ、それだけのことに過ぎない。

自分が守りたかったもの。
ナデシコ。
想い出。
ユリカ。
火星の生存者たち。

それらは全て失ってしまった。
守れなかった。

薄汚れた手のひらに残されたものは、ただ。

希望。

それは、ほんとうに手に入れたくて、けれど手に入れられないから切望するもの。
幸せ。
穏やかな日々。
ラピス・ラズリ。
アイちゃん。

それから。

それから、狂おしいほどに望んだ、

ルリ。

もう迷いはない。
迷っていたのは、虚勢だったのかも知れない。
ルリを守るために会わない、そんな自分に陶酔していただけ。
今こうして腕の中に、何よりも愛しい少女を抱いてなお、虚勢を張ることなどできはしない。

彼女さえいれば、自分は生きていける。
今度は何があっても守りきれる。

畢竟、2人の間を引き裂くものは、何もありはしなかったのだ。

青白い月光が、部屋の隅々まで射し込み。
白い裸体を仄青く輝かせる。

音はない。
2人の鼓動も、吸い込まれる。
清浄な月光が体中に染み渡り、何もかもを洗い流してくれる。

だから2人は美しい。
幻想の中でたゆとう時間すら止めて、ただ。

いつまでも愛し合えばいい。

そうして、アキトの手が、ルリの身体に触れる。
優しく、グラスのふちをなぞるように。
軽く両手で挟んだ頬から、瞑られた瞳へ、蒼い光の中でも瑞々しいさくら色のくちびるへ、そしてくびすじから肩、腕・・・。

ルリは瞳を閉じて、アキトの手を感じている。
なぜか、いつも朝感じるようなやましさは、ない。
ただ穏やかに、アキトのなすがままに。

膨れ上がる気持ち、それもなく。
まるで魂がひとつになるかのように、そしてそれが当たり前のことであるかのように、2人のこころは重なっていく。

言葉もない。

ただ、くちづける。
体の線を、唇でなぞる。
形のいい乳房、腹部、そして長く伸びた足へと。
ルリの感覚を研ぎ澄ますように、軽く、優しく。

全身の神経が、アキトの触れている部分に集中する。
全ての感覚が露にされ、アキトの目の前で肢体が反応に染まっていくのがわかる。

ゆっくりと、焦らすように乳房を撫ぜる指が、不意に硬くなった乳首に触れる。
吐息と共に、淡い桃色の乳首が更に硬直する。
ぎゅっ、とシーツを握りめる手に力が入り、逆に下半身が脱力する。

そうしている間にも、アキトのくちびるは止まらない。
薄く茂った中を進み、クレバスに沿って舐め上げる。
軽く声を漏らすルリを確認すると、そのまま沿わせ続ける。
離している唇までもが、ルリの愛液で濡れ、少女性の匂いを放つ。

アキトの言葉に赤くなったルリが、足を閉じて抗議するが、すぐにこじ開けられ、抗う術を失くす。
シーツにまで零れた滴が、次第に広がっていく。
大きく広げられた股の間で見え隠れするアキトの髪と、痙攣し始めた自分の足しか見えない。

時折乳首を抓まれ、その都度切なげな悲鳴を上げ、仰け反る。
もうどの位こうされているのか、わからないルリの耳に、わざと外したアキトの舌がたてる水音だけが響く。
太ももの付け根から包皮の周辺まで、丁寧に舐め上げながら、指はルリの体中を這う。

全ての感覚が張り詰めた緊張の中で、不意にアキトが舌で包皮を剥き、露になったふくらみをつつく。

あまりの刺激に、一瞬火花が散り、体中の感覚を失う。
が、それもすぐに強い快感に変わり、優しく触れるだけの刺激に満足できなくなっていく。

知らず、腰を浮かせるルリに、アキトはわざと引き、それが更にルリの欲求を高め。
子犬のような鳴き声を上げながら体で懇願するルリ。
アキトは溢れ出る蜜を掬い取ると、充血した部分に擦り付けるように。
激しく、けれど労わりながら、そこを攻め立てる。

そこに人としての2人はなく。
月光に照らされた、心で繋がれた生き物がいるだけ。
貪り続けるアキトと、それすら満足できずに求めるルリと。
蒼い光の中で、2人は愛を与え続け。
やがてひとつになる姿を、月光だけが覗いていた。

あれから。
何年の月日が流れたのか。

火星の後継者事件も、the prince of darknessも人々の記憶から薄れていった頃。
治安警察も連合軍も少数の担当者を残し、事件のことは過去のこととして流れ去ろうとしていた。

絶え間なく流れる、時間とともに。

生まれ出で、そして消えていく。
生あるものと同じように、人の想いもまた。

けれど。

消えていく想いを残す。
それは、生きた証。

ラピス。

なぁに?

お前の弟が生まれたよ。

おとーと?

ああ。ラピスもお姉さんだな。

おねえさん・・・ルリみたいな?

う〜ん・・・・



いいですよ、どうしてそんなに拘るんです?

いやだって、それは・・・

アキト、おとーとは?

ほら、ラピス。いらっしゃい。

・・・・・さる?

おいおい。

ふふふ・・・生まれたてはこんなものですよ。

そうして生きていくのだ。
誰かとともに。
大切な誰かを守るために、共に支えあうために。

流れる時とともに、ゆっくりと老いながら。

想いを永遠に、残すために。