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○月×日、晴れ

今日の戦闘は友情で終わった。
って、書くのも恥ずかしいけど仕方ない。ほんとにそうだったんだから。
ナナフシと名づけられた木連の新兵器をようやく倒したと思ったら、夕陽と、雄飛するナデシコをバックに……ああ、自己嫌悪。

それにしても、ナデシコってどういう船なわけ?

機動戦艦ナデシコ - 例えばこんな結末とか

—プレイバック—

「ユリカ、おまっ……何でそんなとこに居るんだよっ?!」
『ぶー、あなたに『お前』呼ばわりされる筋合いはないんですけど。それに、ユリカって呼んでいいのは私の王子様だけですっ』
「はぁ?お前、何言ってんだ?」
『何って、何ですか』
「何ですかもへったくれもあるかよ。……と、待ってろよ……ああ、これ、こ……うわあっ!!」

「ちなみに囮の作戦は発動中です」
「大丈夫かなー、あのコックさん。写真なんて探してる場合じゃないのに」
「メグちゃん、そういうことは先に言っといてあげないと意味ないんじゃないかな?……あ、囲まれたわね」

『お前ら〜っ!のんびり話ししてんじゃないっ!』
「そんなこと言っても。あ、ほら後ろから。気をつけて頑張ってくださいね、名無しさん」
『ユリカお前っ!くそ、話は後でつけるからなっ』
「はぁ〜い」
「ユリカ、あの人ほんとに知らないのかい?」
「ん、知らないよ?」

—そんなこんなで—

「テンカワ、さん」
「あれ、ルリちゃん。どうしたの、こんなところで」
「いえ別に……」
「あ、もしかして俺のこと心配してくれて……ってことはないよね。ごめん、自惚れた」
「そんなことは」
「ヤマダの奴さ、やっぱり死んじゃったって感じなんだよ。いつもいつも無茶ばっかして、さ。……それでもやっぱ、悲しいよね……」
「テンカワさん……」
「やっぱりなんて、酷いよね。ヤマダが死ぬことが当たり前みたいな言い方で。ほんとにそんな予感がしてたんなら、どんなことしてもあいつの見境なしなところ、改めてやらなきゃならなかったのに。親友なら、喧嘩してでも止めなきゃいけなかったのに、あの時・・」
「テンカワさんっ」
「え、な、なに。ルリちゃん」
「テンカワさん、あなたは……」
「おーい、テンカワー。班長が呼んでるぞー」
「あ、はーい!——ごめんね、ルリちゃん。話はまた今度」

「私ね、私ね……」
「ごめん、メグミちゃん」
「え?」
「気持ちは嬉しいけど……俺にはもう大切な人がいるんだ」
「……えええええ〜〜〜?!」

△月□日、曇り……多分。天気予報ではそう言ってた。でも、クラスノスカヤって、どこ?

退屈。
ナデシコは火星へ向かってひとっ飛び……ってわけにもいかなくて。
もちろん、宇宙だろうが何だろうが飛んではいるんだけど。飛んでは、ね。
もどかしいけど仕方ない、とにかく火星までは遠いんだし。
でも、それにしたって退屈で退屈で。だから今日はオモイカネとオセロをやった。

何だか何事もない。いいことなんだろうけど。

—そして誰もいなかった……あーいや、一人だけいた—

「ここが、アキトさんの故郷なんだ」
「うん」
「ね、ひとつ聞いてもいいですか」
「ん。なに?」
「どうしてコックさんになろうと思ったんですか?」
「ああ、それは……」
「説明しよう!」
「……」
「……」
「説明、要らない?」
「……」
「……えと。誰ですか?」
「質問したの?質問したのねっ?!うふふ、いいわ。説明しよう!」
「いや、それはいいから。ていうか、メグミちゃんの質問の答えって、説明するほどのものじゃあないと思うんだけど」
「あら、あなた……ふぅ〜ん」
「な、何です?」
「ふ〜〜〜〜ん。ふふ、まあいいわ」
「そ、それよりっ!あなたは火星市民ですよね?!生き残ってる人は、他にもいるんですかっ?!」
「いないわよ」
「ええっ?!でも、じゃああなたはどうやって生きて来たんですか?私達が火星に来るまで」
「幸いなことに食料プラントは活きていたから。何とか自給自足できたってことで。それより、あなたたちは地球から来たのよね。じゃあ、ナデシコが完成しているってことかしら?」
「ええ、俺達はナデシコに乗って来ました」
「じゃ、案内して頂戴。いい加減穴倉生活にも飽きたし、人間の大勢いる所が恋しくなってきたわ」

「ユリカ!聞きたいことがあるっ」
「もぉー、だから『ユリカ』って呼ばないでと何回言っ」
「お前、フクベ提督が火星大戦で指揮執ってたって、知ってたのか」
「え?そんなの常識よ。何言ってるの」
「そう、か……」
「?……あのー、どうかしましたかー?」

「テンカワさん、堪えたんですね」
「ん。あの人に怒りをぶつけたところでどうしようもないし、ね」
「そうですか」
「もちろん、完全に許せたわけじゃないけど。でも、提督を罵ったって殴ったって、火星の人たちが生き返るわけじゃない。過ぎてしまった時は……巻き戻せない」
「そう……そうですね」
「どうしたの、ルリちゃん。何か俺、変なこと言ったかな」
「いえ。テンカワさんって強いんだな、と思いました。そうやって割り切ることのできる人だとは思っていなかったので」
「もっとぐずぐずしてる奴だと思った?」
「そんなことは……ただ、色々なことを抱えて、そしてそれを全部自分の中に溜め込んじゃう感じに思ってました」
「そっか。そうかもね。俺って口下手と言うかばかと言うか……あんまり考えてものを話すことってなかったし、そもそも話す必要もなかったしなあ」
「そうなんですか?」
「んー、普通に生きてるとさ、以外と喋らない時間って長いよ?まあ学校に行ってる連中はそんなことないんだろうけど、普通に仕事して帰ってご飯作って食べて家事やって。そうやって生きてくると、実は喋ってる時間なんて殆どないんだよね」
「そうかも知れませんね」
「うん、だから、たまーにふ、と『あ、俺今日何喋ったのかな』とか考えるとへこむよ」
「くす。そうかも知れませんね。私も今日、ナデシコの航行に必要な言葉以外では、テンカワさんと話したのが最初で最後です」
「これから誰かに会うかも知れないよ」
「いえ。今日はもう誰にも会いません。そうなってるんです」
「??」
「いいんです、忘れてください」

×月△日、晴れ……いやわかんないってば、宇宙なんだから

あー、もう退屈ー。
とか言っても。
ぶつぶつ言ってる暇は、実はなかったりする。
チューリップの中を通っているんだったらやることないんじゃないか、って思うかも知れないけれど、だからこそやらなきゃいけないことは結構あったりするだろうなあ。
そりゃ、何もすることのない部署の人間もいるのだろうけれど、少なくとも艦を指揮したりオペレートする人間は暇じゃない。
整備班に待機の指示を流したり、レーダーが使えない分、他の手段で情報を流したり。

と言うわけで私も何だかんだと忙しい。
今のうちに整備も済ませておきたいし、色々情報も集めておきたい。
折角の時間なんだし。
とは言え、やっぱりちょっと長すぎるかも。

さて、と。
いい加減に出口はまだなわけ?

—真実はひとつでしょ?—

<> 「その人にとっての真実なら、ね」
「ほぇ?」
「何よ、あなたが聞きたいって言うから説明してあげたのに、随分間の抜けた合いの手ね」
「合いの手って……お笑いじゃないんですから。じゃ、少なくともイネスさんは真実を持っているんですね、自分の中に」
「そうね。私にとっては事実は材料でしかないから」
「イネスさんにとっての真実って、何ですか?」
「人に言えるほどのものではないわ。艦長、あなたは何を迷っているの?」
「え、別に迷ってなんかいませんよ、やだなーははは」
「実に乾いた笑いね」
「う」
「いいわ。あなたにとっての真実もまた、見えてるみたいだし。その確認をしたかっただけなんでしょう、艦長?」
「イネスさん、ひょっとしてイネスさんって……」
「ご想像にお任せするわ」
「あの、このことは」
「わかってるわよ。あなたが何を考えて、どういう行動をしてきたのか、わかるもの。艦長、あなたにとってはこれが真実なのね?」
「はい」
「なら、いいわ」

「ボソンジャンプ、ね」
「どうしたの、アキト君」
「あ、ミナトさん。ブリッジはいいんですか?」
「んー、ルリルリと交代なの。で、どうかしたの」
「別に。ただ、ボソンジャンプって何のためにあるんだろうと思って」
「哲学?」
「違いますよ、俺にそんなことわかるわけないじゃないですか。……ミナトさん、ボソンジャンプって人類に必要なものなんですかね?」
「難しいこと聞くわね。そうねぇ、ほんとに不要なものなら人類の目に触れることはなかったんじゃないかしら。ダイナマイトとか原子力、文明の利器として使えるものもあれば人を殺すために使うものもある。石を削ってナイフ代りにした原始人がいたから、今の人類があるわけでしょう?ナイフが人を殺す道具になるからと言って、それが人類には不要なものだと言い切れる人なんて、いるのかしら」
「でも、どうせいつかは人類だって滅びるんだろうし……」
「アキト君、それを言ったらお終いでしょ。人類は最初から生まれ出でる必要がなかったってことになるじゃないの」
「ええ、だからそうなんじゃないかな、とも思いますし」
「ならあなたは今すぐ死んでも後悔しないのね」
「……それは飛躍しすぎなんじゃあ……」
「じゃ、こう仮定してみましょうよ、人類を、いえ全宇宙のあらゆるものを作り出した神がいる。神は絶対で永遠で、不滅の存在。その神が地球を創り人類を創造した。さて神はどうして人間を作ったのかしら?どうせ滅びる存在なのに」
「そんなの……寂しかったから、とか……理由なんてわからないですよ」
「そうよね、わからないわ。ではなぜ無のままでいられなかったのかしら、この世界は」
「それこそ人間にわかることじゃないですよ」
「じゃあ、アキト君はどうして生きているの?」
「死にたくないから。だから生きてるんですよ」
「始まりに理由はないわ。でも終わりに対しての何らかの考えが、存在に理由をつけてるわよね」
「そりゃまあ。でも、さっき言ってたナイフとボソンジャンプは全然違うものですよ」
「そうね。ナイフには『何かを切る』という理由がまずあって、その理由から人間が作り出した物。ボソンジャンプは必要性はあるのかも知れないけれど人間が作り出した物ではないわね。つまり人間と同じだわ」
「それが?」
「アキト君、あなた死にたくないから生きているんでしょう?始まりに理由はなくてもこうして存在し続けているのなら、あなたは後付けの理由で今日まで生きてきたわけよね?なら、ボソンジャンプの必要性だっていつか後から付いてくるんじゃないのかしら」
「わかったような、わからないような……」
「あら、当たり前よ。私だって何言ってるんだか全然わからないんだから。そうねぇ……こういうの、イネスさんだったらちゃんと答えてくれるんじゃない?」
「あー、それは。……遠慮しときます」

—思い出さない想い出—

「ルリちゃん」
「何ですか」
「ほんとにいいのかい?想い出の場所……なんじゃないの?」
「いいんです」
「でも……」
「今の私にとって大事なのはナデシコ、決められていたことだったけれど今では私自身がそこに居たいと思える場所です。それに、そもそもあそこに想い出なんてありませんし」
「そっか。でもさ、国王と王妃様もあんなにルリちゃんのこと思ってくれてるんだよ?何も戦争やってるナデシコに戻らなくたって」
「……いから」
「え?」
「(それだけじゃないから。ナデシコにはあなたが……)いいんです、何でもありません。ナデシコに戻りましょう」
「あ、うん」

「相転移砲?」
「はい、相転移砲だそうです」
「で、それって、どんな兵器なんですか、プロスさん?」
「そうですね、技術的な説明をしますと誰かさんが大喜びしてすっ飛んできそうですから省くとして。簡単に言えば周囲の空間ごと相転移してしまうものだそうです」
「ふぅ〜ん」
「作戦説明書はここに。アオイ副長も、よろしいですな」
「ゴートさん、そんな怖い顔しなくても……わかってますよ。どんな兵器だろうとナデシコのやるべきことはちゃんとやる、ユリ……艦長の決めたことに異議は挟みません」
「むぅ」
「じゃ、ジュン君、これはユリカからのお願いってことで」
「え?」
「あのね……」

「何ですか、副長」
「あー、ちょっと頼みがあるんだけど」
「だから、何ですか」
「作戦前に、オモイカネの、特にコミュニケに関連する部分のブロックを強化しておいて欲しいんだ」
「それは構いませんけど……どうしてですか」
「うん。この間の戦闘でナデシコに張り付いた割には何故か攻撃をしなかったバッタをウリバタケさんに解体してもらったんだけどね、どうやらAI部分が強化されているらしいんだ。で、僕が思うに……」
「オモイカネへのハッキングを試みようとしている、そういうことですか。わかりました、防壁を強化しておきます」
「ありがとう、助かるよ」
「助かる?」
「あ、う、うん。ナデシコが助かるってこと」
「はあ」
「じゃ、頼むね」

□月○日、晴れ

というより、晴れなのかどうなのか。
ま、もうどうでもいいんだけど。

ようやく火星奪回が決まり、連合軍も全軍臨戦態勢に入ったみたい。
この戦争もようやく終わるのかなーと思うんだけど、どうなんだろう、遺跡の所有権があっちこっち動くだけで何も変わらないからまだまだ続く気もするし。

ナデシコが殆ど木連と関係せずに終わったのは、良かったのだろうか。
彼の気持ちは今、どんななのだろうと少し思った。
運命が決まっていることなんだとは思っていない、だからこそ私はここにいる。
だからこそ、彼もまたこの道を選んだ。

けれど、それも含めて、本当にこれでよかったのかどうか、最近の私はよく考えてしまう。
変えられないものを変えようと思ったわけじゃない、ただ、少しでもいい方向へ進めば、それがほんのちょっと手を出せば叶えられるものであるのならそうしたいと、ほんとに少しだけそう思った。
それだけなのだ。

傲慢でなく、謙遜でないということは難しい。
自分達は、何でもできるわけでもなく何もできないわけでもない。
とても中途半端な存在だけれど、何かをしようとする意思だけは限界を知らずどこまでも強く持てるものだから。
だから、その気持ちだけ抱いて自分達のできる限りのことをしようと、そう思った。

けれど。

そろそろこの茶番も終わる。
火星で。

—例えばこんな結末—

「というわけで、共同作戦です」
「……ま、いいけどね」
「他に選択肢もないしな」
「連合軍も軍を整えて明日にはここ火星宙域に到達します。ナデシコとカキツバタはそれに合流」
「両艦共に左翼の最右翼、本隊への援護と左翼の作戦行動のどちらにも就きつつ、基本的には遊撃部隊としての役割になります。相転移砲は危険すぎて使えませんから、ウリバタケさん、Yユニットの相転移エンジン出力をナデシコ本体にまわせるようになってますよね?」
「ま、艦長の指示通りにしといてやったよ」
「じゃあ、ルリちゃん、後でYユニットの分も入れてグラビティブラスト発射シミュレーション、やっといてね。エステバリス隊は今回ナデシコの護衛だからちょっと詰まらないかも知れないけど」
「おいおい、俺たちだってそんなに戦闘が好きってわけじゃないってばよ」
「んー、だって、月面作戦の時だっておおはしゃぎで出て行っちゃったし……」
「だー、いいじゃねぇか、細かいことは!要はナデシコを護る、それだけだろ?!」
「ちっとも細かくはないと思うんだけど」
「でめぇは煩ぇんだよ!」
「ぐはぁっ!」
「……ジュン、お前って何だかんだで一言多いよな……出番が少ないことをそれでカバーしたいのはわかるけど」
「テンカワさん、それを言ったら副長があまりにも不憫で……」
「プロスさんも嘘泣きは余計ジュン君を惨めにするだけですよ」
「艦長、あなたがそれを言いますか」
「言うね、ルリちゃんも」
「こど……少女ですから」

「エステバリス隊、発疹!」
「ユリカ、字が違う……」
「ま、いいんじゃないのー?こぉんな決戦でもおちゃらけてるのが、艦長らしいじゃない」
「そうですよねー」
「……はぁ。ま、いいけど」

「テンカワさん。いえ、アキトさん」
「……どうしたの、ルリちゃん。何か用?」
「わかっているんですよ、本当は」
「?何が」
「アキトさんを傷つけたくないから……あの名では呼ばせないでください」
「そうか。……電子の妖精、か」
「はい」
「ルリちゃん、君はこの世界をどう……思った?」
「本当に聞きたいことは、それですか?」
「……」
「私はこの世界を変えたいと思いました。アキトさんが辛い思いをしなくても済むよう、ユリカさんが死んでしまわないよう、誰もが幸せに生きられるようにって」
「……自分の力で何でもできてしまう人間は、傲慢になってしまうものだよ」
「そうですね。でも、私が、私とアキトさんがここへ来たのには何か理由があるはずだと思いましたから。何かができるのに、何もしないことこそ、傲慢だと思いましたから」
「それはとても、君らしい答えだね、ルリちゃん」
「アキトさんはアキトさんらしい答えを見つけたのですか?このナデシコで、あなたは何を求めて、何をしてきたんですか」
「ナデシコには関わらないつもりだった。だけど、無関心でいるのは思いの外難しいことだね。気がついたらあの坂道で自転車を漕いでいたよ」
「この世界では」

「この世界では、過去の記憶を引き継いできた私達は異端です。でも、考える頭があって動く体がある限り、私は私の想いを実現させたいと思います。本来居てはならない私たちでも、この世界でだって幸せになる権利くらいあると思いますから」
「俺もそう思った。でもね」
「ユリカさん、ですね」
「ああ。ここではユリカだけがあのユリカではない。ジュンもセイヤさんも、ミナトさんもヤマダも……みんな俺の記憶にある通りなのに、ユリカだけが違っていた。いや、あと一人」
「イネスさん」
「そうだ。だが、イネスさんは俺たちと同じだ。だからこの世界における異端ではあっても過去における異端ではない」
「ここは過去ではなく平行した世界だ、と。そう言いたいんですね」
「決めているわけじゃない。それにルリちゃんの気持ちもよくわかる。だからユリカだけが違っていたことも結果的には良かったんじゃないか、そう思うよ」
「ユキナさんを連合に引渡したのは心が痛みましたが……よく考えれば小父様が改訂ジュネーブ条約を破るはずがありませんもんね」
「そうだ、ユリカもそれをわかっていたし、その他にもあいつが冷静だったおかげでヤマダを除く、他の悲劇は避けることができた」
「木連との和平交渉なんてありませんでしたし、おかげで白鳥さんも恐らくは生きてますね」
「ここが過去なのか平行世界なのか、それはわからないがひとつだけ確実なのは、俺たちはもう元の世界には戻れないということだ」
「どうしてわかるんですか」
「CCに反応しない」
「え?」
「正確には、少量のCCには反応しなくなった。相転移砲を使った作戦の時に、気がつかなかったかい?」
「……ジャンプ距離が、以前より短かった……」
「そう。以前の世界では俺は戦艦の直下までジャンプした。ジャンパーとしての能力はここへ来る直前とここへ来てからとは全く変わらなかったから、俺は今でもA級ジャンパーのはずだ。その上、以前よりはっきりとイメージをしたにも関わらず、ジャンプアウトした場所は遠かった」
「確かなんですか」
「イネスさんに調べてもらったよ。原因はわからないながらも、CCがジャンプのトリガーとしての役割を落としていることは確かだそうだ」
「でも、だったらチューリップを通れば……」
「普通に場所を移動するだけかも知れない。敢えてイメージを混乱させても、今度は出現する時間と場所がめちゃくちゃになるかも知れない。そんな危険な賭けにわざわざ乗る必要がどこにある?」
「……では、アキトさんはこの世界で生きていくつもりなんですか」
「最初の頃は気が狂いそうになった。自分の知っている人間がどれだけいようと、彼らはあのナデシコクルーではない。たとえ過去の世界だったとしても、自分たちと過ごした時間を持たない人間は、俺の知っている人間じゃあない。だけど……」
「アキトさん……」

「……こんな状況になったのは幸いだ。俺達がここへ来た意味もあったのかも知れないな。火星出身者がジャンパーであることは変わりないが……これ」
「何ですか?」
「地球のニュースライブラリだよ」
『……政府はこの事実を重要視し、広く民間にも公開して未知なる技術の解明と発展に役立てるため、公的機関として……』
「これは……」
「聞いての通り、ボソンジャンプは公開技術となった。連合内では、この大戦の結果に関わらず木連との共存と技術の共同開発の計画もあるらしい」
「そんな情報をどこで……まさかアキトさんが?」
「まさか。俺にそんな情報収集能力はないよ」
「じゃあ……」
「あ、いたいたー。アキト君、出撃準備だよー」
「ごめん、すぐ行くよー」
「あ、アキトさん、待っ……」
「じゃあね、ルリちゃん」
「アキト、さん……」

「ユリカさん」
「どうしたんですか、今は作戦中……」
「とは言っても、あなたもこんなところで油を売ってるじゃない」
「えへへぇ。ブリッジの指揮はジュン君が採ってくれてるし、作戦会議からこっち、詰め放しでしたから。戦闘区域までまだあるし、ちょこっと休憩です」
「そ。なら私も要件は手短に済ませるわね」
「助かります」
「……何か、すごく嬉しそうね」
「い、いえいえ、そんな『説明が長いのはやだなー』なんて思ったりしてま……はっ」
「……ふぅ。ま、いいわ。今は乗って上げられる気分じゃないの」
「あらら」
「単刀直入に聞くわ。あなたは何故、アキト君を知らないふりをしたの?」
「真実だから、で納得してくれたんじゃなかったんですか?」
「最後にね、聞いておきたかったのよ。あなたの口から」
「最後?」
「いいから。答えてくれないかしら?」
「いいですよ。……アキトの重荷になりたくなかったから。アキトを、私という頚城から解放して、新しいこの世界で好きなように生きてもらいたかったから」
「そう……ほんとに強いのね、あなたは」

私を呼ぶ声が聞こえる。
「ラピス」
大切な人、アキトからの呼びかけ。
前々から準備してあった計画は、殆ど修正の必要なく進んだ。
ボソンジャンプの公開、犠牲者を最低限に抑えること、そして最後の詰めは、今後の安全を確保したらユーチャリスでとんずら。

「オモイカネ、行くよ」
≪いつでもどうぞ、ラピス≫
オモイカネの返事を聞く前に、私はリンクをスタートしユーチャリスをフル稼働させる。
ステルスモードを解除して木連艦隊直上からグラビティブラスト放射、大気圏内の安全圏に入った瞬間にバッタを射出。
もちろん、この時代の木連が使っているバッタなんかとは比べ物にならないから、このままユーチャリス一隻でも十分戦えると思ったんだけど、アキトからの要請でサレナを準備しておく。

突然現われたこの、白亜の尖塔(オモイカネ命名)の攻撃で混乱する戦線を、一機のエステバリスが駆け抜けてくる。
下手なふりをしているのも辛かったみたい、手当たり次第に周囲に爆発を撒き散らしながらやってくるアキトを久しぶりに見た私も、何だかすっきりする。
格納庫に辿り着くと直ぐにブラックサレナに換装し、「行ってくるよ、ラピス」「行ってらっしゃい。早く帰ってきてね」と返事をする私に笑顔で答えると発進していった。

ブラックサレナで出撃してからのアキトは、そりゃもうやりたい放題。
傷つけたくないのもあったけれど、それ以上に地球・木連双方の軍事技術開発競争に組み込まれないよう、サレナをここまで温存していた甲斐あって、機動兵器の開発はどちらもサレナクラスまでは到底追いつけないから。
もちろん、ステルスモードでつかず離れずナデシコにこっそりくっついていただけの私とオモイカネも、やっぱり鬱憤は溜まってる。
遠慮すべき相手でもないし、そんなわけでユーチャリスもやりたい放題。
≪ラピス、ドクターを回収しました≫
戦闘に集中(ってほど集中もしてないけど)していたら、オモイカネがウィンドウで教えてくれる。
ちら、とアキトの雄姿が映し出された超大型スクリーンの脇に小さく出されたモニタに目を流すと、バッタに守られたシャトルがちょうど格納庫に入ったところだった。
『どんな様子なの、ラピス?』
「順調。もうじき片付くと思うよ」
『そう。計画はこれで完璧ね。あなたの情報収集というより撹乱能力はさすがだったわね』
「イネス、それって失礼」
ちょっとむっとして答えると、
『あらごめんなさい。でも、お陰でジャンパーの危機はほぼなくなったわ。感謝してるのよ、これでも』
「うん」
イネスが真顔で言うから、ちょっと照れてしまった。
何にしても、あとちょっとで終わる。
これが終わればあとはユーチャリスをどこかに隠して、アキトとイネスと、3人で田舎に引っ込むつもり。
そのためには、最大の懸念材料を消却しておきたいんだけど……

≪ラピス、見つけた≫
「出して」
オモイカネに指示を出すと、
「いた。アキト、見つけたよ。データ送るから」
『ありがとうラピス。よくやったな』
「うん」
今度はイネスに言われたのとは、別の感じがして何か頬が熱くなってしまった。
思わずIFSボールから両手を離してほっぺたに手を当てていると、後ろからエアの音とそれに重なるようにイネスの声が聞こえた。
「相変わらず一人用よね、ユーチャリスのブリッジって」
「イネス」
「あらあら、コントロールはオモイカネに任せっきり?」
触れられていないIFSコネクタを見ながら笑う。
『北辰ーーーー』
アキトの声に思わず2人してウィンドウに視線を走らせると、ちょうど高みの見物と決め込んでいやがった爬虫類とその周辺生物、それとアキトをあんなにしたヤマサキがサレナのハンドカノンで肉片となって飛び散る瞬間だった。
「アキト、退いて」
『ラピス?』
あれじゃあ足りない。
そう思った私が4連のグラビティブラストで肉片も残さずに消去する。
あんまり木連の力を削いでしまうと今度は連合が木連を占領して、人を人とも思わない傲慢な手段で統治してしまうかも知れないから、ちょっと残念だけど草壁たちは残しておいてあげる。
「これで障害は全てなくなったわね」
「うん」
「さ、じゃあアキト君をお出迎えに行きましょうか。ここはオモイカネに任せても大丈夫でしょう?」
「うんっ!」
嬉しい。
ずっとアキトに会えなかった。
最初の頃は時々ジャンプして会いに来てくれたけど、CCでここまで来られなくなっちゃってからはずっと会ってない。
あんまり嬉しかったから、思わずシートからぴょん、と飛び降りてそのまま駆け足でブリッジを出ようとしたら、イネスはそこから動かなかった。
「イネス?行かないの?」
「私はずっと一緒だったから。あなたに譲ってあげるわよ」
それもちょこっと嬉しくて。
「ありがと、イネス」
また熱くなってきてしまったほっぺを抑えて、私は駆け出していた。

頬の熱さとどきどきはきっと。
いつものように、アキトがほっぺにチュッてしてくれるのを想像してしまったからかも知れない。

「何でぇー?どうしてぇ〜??」
「アキトさんっ!あなたという人は……私という最愛の女がいながらっ!」
ナデシコのブリッジでは、ユリカとルリが憤慨していた。
それもそうだろう、ユリカもルリもジャンプしてきたと知っていたラピスの意地悪によって、これ見よがしに格納庫でのラブシーンを見せ付けられたのだから。
「もーーーー、頭にきたっ!折角アキトのためを思って身を引いてたのに、なのにっ!アキトったらよりにもよって、ろっろっろっ……」
「ロリコン、です。ユリカさん」
「それよ、ルリちゃんっ!せめてルリちゃんになら納得も行くけど、何なのよーー!!」
「そうです、ユリカさんの所がイヤなら、私の胸へ飛び込んでくれればいいじゃないですかっ!」
「ルリちゃん、それ違うっ!」
「細かいことはいいんです!」
「それもそうね……って、ところでルリちゃん、知ってたわけ?私がジャンプで来たってこ……」
「知りませんでしたよ。でも、それも細かいことですっ!今はアキトさんを追うことが先決です!」
「そ、それもそうね。ミナトさん、エンジン全開、焼ききれるまでまわしてくださいっ!」
呆然とするナデシコクルーを他所に、相転移エンジンよりもヒートアップした2人ががなりたてる。
勢いに呑まれてエンジンをフル回転させるミナトに、さめざめと涙を流すジュン、諌めようとした結果床にぼろ雑巾のように伸びているゴート、がくがくと震えているメグミに「ルリさんの胸では飛び込んでも痛いだけでは?」と不用意な発言をしてしまったがために消し炭のようになったプロス。

目も当てられない光景を積み込んだまま、ナデシコは最大戦速でとんずらするユーチャリスを追い始めた。

「アキト、大好き」
「俺もだよ、ラピス」

「くぉぉらぁぁーーーーっ!待ちなさあーーい!」
「アキトさーーーーん!!」

「ま、私としては説明相手さえ居ればいいし」