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灰色のコンクリート。
飾り気も、何の変哲もない無粋な校舎。
ほんの少しだけ遅れている、正門から昇降口までの並木道にある時計。
公孫樹並木の中で、まるで今日のこの日のために植えられていたかのような桜が、正門の両脇に立っている。
桜の花びらは昇降口へと続く道にまで舞って。

薄暗い昇降口。
入ってすぐにある、購買。
長い廊下。
小さな中庭。
たてつけが悪く、がらがらと派手な音を立てる教室の扉。
消し跡がきれいに消えない黒板。
ひとつだけ、足が短くて座りの悪い教卓。
貼り紙のひとつもない、味気ない教室の風景。

けれど、そこには思い出がたくさん詰まっている。
特別な日。
けれど、いつものようにいつもの学校へ行きたくて、彼女は早くも遅くもなく、いつもの登校時間に正門を潜った。

春、3月。

この学校を選んだのは、ルリだった。
赤月やエリナはネルガル経営の私立高校、高校と言うのも憚れるほどの巨大な学園に行くことを勧めたが、ルリは一市民として普通の生活を送りたかったから。
今までが今までだったから、ほんとうに普通の、施設も設備も平均的な公立高校に通いたかった。
と、それらしいことを言ってみても、実際のところは。
ただ自宅から近かったから、というのが最も大きい。

『本音を言えば』
『聖ミカエル学園の制服を着せたかっただけ、でしょう?』
『いやぁ、参ったねぇ』
飄々と悪びれるでもなく言う赤月にエリナはふぅと溜息をつく。
『だってさ、彼女の行きたがってる高校の制服、何の変哲もないじゃない?茶色のブレザーにタータンチェックのスカート、赤いリボン。まあそれもいいんだけど、やっぱり男ならセーラー服に……』
『セーラー服に、何だ?赤月』
突然の声に、ぎくり、と肩を竦める。
視線を流した先には明人が苦笑いを浮かべて立っていた。

『やあ、天河くん。君からも言ってやって欲しかったんだけどねぇ』
エリナにちらり、と視線を遣りながら近づくと、
『何を言えってんだよ。だいたい、ルリちゃんの入学式にそういうの、やめろよな』
エリナに向けられた視線には、はっきりと同情の色が浮かんでいた。
もちろん赤月もその視線に気がついてはいるのだろうが、全く意に介する風もなく、
『彼女の将来のためにもいいと思うんだよね、聖ミカエルに来た方がさ。基本的には中高一貫だから高校入学組には少し居辛いところもあるだろうけど、カリキュラムにも学校生活にも自信あるんだよ?』
『今までやりたいこと、我慢してきたんだ。高校くらい好きなところに行かせてあげたいじゃないか』
『やりたいこと、ね。我慢してきたんじゃなくて、それ自体が存在していなかったんじゃないの、あの子には』
赤月の格好にこめかみを押さえていたエリナが、明人の言葉に返す。
どうでもいいから正門で立ち話は勘弁して欲しい。
至極まっとうな神経をしている彼女には、入学式の会場である体育館に向かう保護者たちの好奇に満ちた視線が辛いのだから。
『それなら尚更だろ。初めてできたやりたいことが、ここへの入学だったんだから』
『まあ、ね』
やっとの思いで相槌を打つが、そろそろ限界が近い。
ルリのことではこれからのことで色々話したいこともあるが、いい加減無理だ。
『明人くん、お願いがあるんだけど……』
『すまん。断る』
きっぱりと断りを入れると、明人も辟易していたのだろう歩を保護者たちの流れに乗せた。

『どうしたんだい?』
『あんたの格好が嫌なのよ』
『そうかなあ、高いんだよ、これ』
『だからって……今時、紋付袴はやめてちょうだい』

何を勘違いしたのか、それとも聖ミカエルに行かなかった自分へのあてつけだったのか。
とんでもない格好で現れた赤月と関係者であると思われるのが嫌で、顔を伏せっぱなしだった入学式。
普通に……けれど、それは一張羅でもあったのだけれど……スーツ姿で参加した明人に助けを求める視線を送ったのに、頻りとルリに手を振る赤月の関係者に見られるのは彼も嫌だったようで。
申し訳なさそうに目を伏せるだけ。

帰ってから明人に散々文句を言ったけれど、まあ仕方なかったのかも知れない。

初めてこの学校の正門を、この制服に身を包んで潜ってから3年。
長いようで短い3年間。
入学式での恥ずかしい思いも、今となっては笑い話と思えるほどの時間が過ぎているのに、ここでの生活に物足りなさを感じるくらいでしかない時間。
髪型も、今日だけは入学式の頃に戻して。

並木道の時計のように、5分だけでも。
少しだけ、時間を巻戻したい。
それは無理なことなんだとわかってはいるけれど。

一瞬、足を止めて時計を見て。
けれどそれは、ほんとうに一瞬だけのこと。

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彼女の足は、すぐにまた、いつもの歩幅で昇降口に向かい始めていた。
桜の花びらを足元に舞わせながら。
ゆっくりと、確実な足取りで。

four seasons.
+graduation...spring,ruri+

≪あとがき≫
短いですよね……。
まだ季節ごとに続きますので、今回はこれでご勘弁を。

さて、four seasons.ですが、季節連載になります。
今回は春。桜の下での卒業式、その朝。
夏、秋、冬、そして再び春を迎えます。
本編を完全に敷衍しているわけでもなく、かと言って全く異なる設定、というわけでもありません。
登場(予定)人物は、明人、ルリ、イネス、赤月、ラピス、エリナ、そしてあの人たち……どういう出し方をするかはまだ決めていませんが、今回は私の好きなキャラクター『だけ』で構成していきます。

毎回、朴念仁さんが挿絵を約束してくれていますので、そちらをお楽しみに。
それでは、夏にお会いしましょう。