fanfiction > ToHeart2 > このみ好き好き大好き大作戦・前編
「タマえも〜……じゃなかった、タマお姉ちゃ〜ん」
「……このみ? なにか今、聞き捨てにできないというか、してはいけない単語が聞こえたように思えるのだけれど」
「あー、まあいいんじゃねぇか姉貴。あの青いヤツを横にすりゃ、姉貴のその無駄にデカい胸と同じカタチにな……ふべがばっ!!」
十八番のアイアンクローではなく、裏拳を叩き込むあたり、環の本気度が伺える。
いつもなら「ユウく〜ん、大丈夫?」と心配っぽい(ぽい、というのがポイント。洒落ではなく)声をかけるこのみだが、こちらも今日は本気度が高いらしい。血ダルマになって転がる雄二に見向きもせ「ねぇねぇユウくん、『血ダルマと火ダルマとどっちがいい』って究極の選択があったけど、ユウくんは血ダルマ派なんだね」
……それほど本気度は高くなかった。
掃除当番の貴明を待つ、いつもの下校風景。今日もヤツらは元気だった。
ToHeart2 - このみ好き好き大好き大作戦・前編
「それで? 一体どうしたって言うのよ、このみ」
実の姉をそういう眼で見ていたのねこの愚弟が、とゲシゲシと倒れた雄二に蹴りをくれながら環が尋ねる。
下校途中の生徒たちも慣れたものなのか、普通に「環お姉さま、さようなら」と声をかけて通りすぎていくだけだ。ただ、同じ台詞を男子生徒までがかけているのが、ちと異様だが。
「うん。あのね、タカくんを飽きさせないためにはどうすればいいの」
「飽きさせない?」
はて、と首を傾げる。無意識なのだろうが、指をあごにあてて右斜め上38°を見上げるおまけつきだ。その姿を見た3年の白石林太郎ほか4名が迂闊にも萌えてしまい「環様蕩れ〜」と謎の言葉を発しながら吶喊し、雄二と同じ末路を辿ったことは言うまでもない。
「タカ坊が何に飽きてきているの?」
考えても仕方ない。とりあえずストレートに聞いてみる。
「うん。私に」
「はい?」
更に首を傾げる。指を以下略。2年の川中俊助ほか5名が以下略。
貴明がこのみに飽きるとは、いったい何のことか。相変わらず朝に弱いことに呆れはしても、15年も一緒に過ごしているのだから、今更飽きるなんてことはないと思うのだが。そもそも、幼馴染という関係において「飽きる」という言葉が使われるのだろうか。
まさか倦怠期ってわけじゃないわよね。夫婦や恋人じゃあるまいし。
「えぇっと……このみ? どうしてタカ坊がこのみに飽きるなんて思ったのかしら」
当然の環の疑問に無邪気な、それでいて真剣な表情でこのみが答えた。
「昨日、よっちとちゃると遊んだんだけど、その時2人がいってたの。『センパイはこのみとの性活に慣れすぎてるっス』て。だから、『飽きないように新たな刺激が必要。このみの新しい魅力を見せればセンパイはメロメロ』なんだって」
あのガキども……。
環は知らずこめかみを押さえて唸る。
そりゃ確かに倦怠期を迎えた夫婦には必要なのだろうが、今のこのみに—— いや、環にとってもそうだが ——必要なのは、あの鈍感大魔王たるヘタレ貴明に、自分たちの気持ちを気づかせることの方だ。間違っても、一足跳びに夫婦性活の心配をする必要などない。
だいたい、あのタヌキは確信犯的に「性活」と言ったに違いない。まったく、純真なこのみに余計なことを教え込まないで欲しいものだ。
「あのね、このみ」
そのことを話そうと口を開きかけたが、ふ、と思いなおす。
そうだ、貴明は環やこのみに限らず、一歩引いてるように見えてその実もっとも強引なアピールをする久寿川ささらや、無意識にエロい委員長、計算ずくで自らの癒し効果を活用する草壁優希などに、毎日のようにせめよられても気づかないほどの鈍感さだ。
—— お団子な双子や黄色いの、宇宙人、メイドなロボたちは環にとって戦力外らしい。
とにかく、彼女自身、手詰まり感を覚え始めていたところだ。新しい刺激、というのも意外といけるかも知れない。
急に黙り込んだ環を、きょとんとした表情で覗き込むこのみに、
「そうね……新しい刺激があってもいいかも知れないわ」
「え、じゃあ」
「ええ。このみの新しい魅力について考えてみましょ」
「やたー」
「んっ……はぁ、はっ……あ、ん……」
その頃、貴明は教室で掃除の最中だった。
「んぅ……はふ、あん……」
ゴミ出しとバケツの水を捨てに行ったクラスメイトと別に、貴明には机を戻しておくという作業があったのだ。
「はぁ……あっ……ふっ、うん……あんっ!」
「いやだからさ、愛佳。椅子だけでいいってば!」
このままでは前かがみになってしまう。
机を戻す作業は一人でもやれることではなく、当然、教室に残った2人でやるのだが、委員長の無意識なエロさに青春大爆発しそうな貴明だった。
「だ、大丈夫です……のよ?」
「いや無理じゃん」
心なしか赤くなる顔を隠しつつ、愛佳が持ち上げようとしていた机に手をかける。
「あっ!」
「あ……」
お約束過ぎる展開で手が重なり、慌てて引っ込める2人。しばらく見合った後、どちらからともなく手を離し、
「あ、ご、ごめん」
「あああ、あたしこそ」
顔をそむける。実に初々しくも酸っぱ恥ずかしい光景だった。が、
「これで河野くん、気になってくれたかな……」
「え。何か言った?」
「ううん、何でもないです……わよ?」
—— 委員長のエロさは無意識では、いや少なくとも無計画ではなかった。
「このみの新しい魅力かぁ……そうねぇ」
純粋無垢で天真爛漫、つまり明るく元気で可愛らしい。
何をしても許されてしまうのが、このみの魅力ゆえだ。だが、新しい、かつ刺激になるようなことでなければ今回のミッションに適合しないわけで、となると、
「つまり、反対ってことかしら」
「要するにアレだろ、姉貴」
「あら雄二、いつ立ち直ったの。まだ甘かったのかしらね」
ビュンと風を切って裏拳の素振りが彼の鼻先を掠めていく。
「ちょ!おい姉貴、危ねぇって!」
「相変わらず丈夫だね、ユウくん。タマお姉ちゃん、素手じゃなくて何か得物を使った方がいいんじゃないかな。スコップのようなものとか」
あんたはどこの戦線にいたんですか! と突っ込みたくなるようなことを邪気のない表情で言い放つこのみ。殺気を漲らせる姉よりも質が悪い。
このみ、恐ろしい子! と心中で呟く余裕もなく、
「ま、待てって。だから、このみに今まで無かった萌え要素を挙げればいいんだろ? なら俺がいた方がいいって!」
必死に言い募る。これ以上本気でくらうとマジで生命の安全が危険だ。雄二の必死の叫びが届いたのか、
「ふむ、なるほど。それもそうね」
と環は振り上げかけていた手を下ろした。
「じゃあ、早速案を出してもらおうかしら」
姉貴の気が変わらないうちに、と勢い込んで鞄に手を突っ込む。
「任せとけ。まず、萌えと言えばこれ!」
「メイドロボってのはなしよ。もちろん、メイド服も」
いきなり機先を制された。
鞄に入れっ放しの手が虚しい。というか、学校にまでメイド服を持参しているのだろうか。
パクパクと言いかけの言葉を出せずに、酸欠の金魚みたいになった雄二にこのみがトドメを刺す。
「そうだよねー。タカくんってメイドさんにあまり興味ないみたいだよ。この間ミルファさんがそれで失敗してたし、シルファちゃんも玉砕だったよ」
どうやら先達がいたらしい。
「ミルファはまあ……メイド服で迫ろうという着眼点は今回と同じだけれど。それ以外の要素を詰め込みすぎたわね」
「うん。このみも眼のやり場に困っちゃったよ。タカくんなんて、鼻血出しすぎて次の日まで目を覚まさなかったし。あ、でもシルファちゃんが失敗した理由は私にはわからなかったけど」
「失敗するべくして失敗したのだと思うわよ。シルファのメイド服って、いつもとほとんど変わらないじゃないの」
シルファはともかく、ミルファについてはどんな修羅場が展開されたのか。気にはなったが悶々としそうなので詳細を問い質すことを雄二は諦めた。
とにかく、萌え要素その1のメイド化は却下だ。
「な、なら、これはどうだ!」
またもや鞄から取り出し、高く掲げたのは眼鏡。ちなみに雄二の視力は両目共に2.0である。
「それ、長瀬先輩が試してたよ?」
「なぬっ!」
が、またしても挫かれる。やっぱり先達がいたらしい。
「そうね。タカ坊はまったく気づかないで普通に接してたけれど」
捨て台詞を吐きながら走り去る由真と、首を傾げて見送る貴明の姿が雄二の脳裏を過ぎった。かなり正確であるという自信がある。まあ、あの貴明のことだ、眼鏡の有無程度の違いにはまるで気づかないというのは十分あり得る。
「むむ……じゃあこれだな!」
再々度鞄から取り出したものはリボン。
「リボン? それだったら、このみはもうしてるじゃないの」
環の声に、うんうんと頷くこのみ。正確にはリボンではなく髪留めであり、桜の花びらを象っているだけに雄二が取り出したものよりは小さいが。
「ちっちっち、ただリボンを結ぶだけじゃねぇ。三つ編みさぁっ!」
なにが嬉しいのか、ズビシッ! と決める雄二だったが、
「珊瑚ちゃんがやってたよ」
「へ?」
「『これで貴明もメロメロや〜』とか言いながら見せ付けてたあれね。まあ、その分長瀬さんのように気づかれずに終わるということはなかったようだけれど……似合うって言われていたし」
思い出して羨ましくなったか、環の手に握られた鞄の取っ手がギシリ、と鳴く。むろん、その時の貴明の台詞は単なる事実以上の他意などまるでなかったことは容易に想像できるけれども。
メイド、眼鏡、三つ編みと三連敗を喰らった雄二に、環の冷ややかな視線が突き刺さる。
「どうしたの雄二。まさかこれで終わりなのかしら? 存外、あなたの『萌え』とやらも底が浅いのね」
はっ、と見下した視線。
安っぽい挑発であることは明白であったが、こと萌えに関わることで売られた喧嘩を買わないという選択肢は、雄二にはなかった。
「な、なにおぅ……ならコレだ!!」
がばっと鞄に手を入れ、
「ユウくん」
「なんだちび助っ!」
「ううん。もはやそれがたぶん魔法少女服なんだろうなあとかは、どうでもいいんだけど」
「どうでもいいだとっ?!」
「どうしてそんなに沢山の服とかが鞄に入ってるのかってことの方が気になるよ」
もっともな指摘だった。が、その質問も今更だった。
「それよりも私としては、お小遣いをきっちり管理しているはずなのに、そしてそんな服を沢山買うほどの金額をあげているはずもないのに、どうしてその手のアイテムを大量の手に入れられるのかってことが気になるわね」
成績が残念なため、バイトは禁じられている。環の疑問も、これまたもっともだった。
「え、あ、それは……だな、つまり」
「まさか、タカ坊と自主勉強とか言って出かけた日に、アルバイトをしているなんてことはないわよね、雄二?」
ニヤリ、と浮かべたその笑みは、言外に「もしそうだとしたら ***わよ」を含んでいる。
*部分は恐ろしくて言えない。
これはマズイ。何だか今日は生命の安全が危険な目にあう確率が異常に高い。何でだ、と冷や汗を垂らしながら思うに、答えは明白、貴明というスケープゴートがいないからだった。
「いいい、いや、まさか、はは」
「自主勉強? タカくんと? それって、日曜日のだよね」
何とか誤魔化そうという雄二のささやかな抵抗は、無邪気なこのみの言葉で打ち砕かれた。それはもう粉々に。ついでに頭蓋骨も砕けそうな予感がした。
「先週もやったけど、ユウくんが来たことって、ないよね」
「ちび助ぇぇぇぇぇぇ!!」
「河野さん」
「あ、久寿川先輩。こんにちは。今日は……まのつく人はいないですよね」
「え? ええ、今日は見ていないけれど」
「そうですか」
胸をなでおろす貴明だったが、実際はダンボールを抱えているためにそんな仕草はできなかった。
その貴明が抱えている荷札に目を留めたささらが、訝しげな視線を投げて寄越す。
「あら、それは?」
「ああ、これですか。掃除が終わったと思ったら担任に捕まっちゃって、職員室に運ぶところです。先輩こそ、どうしたんですか」
貴明の視線を追い、自分の手元にある小さなダンボールに目をやると、ささらは肩をすくめた。
「まーりゃん先輩が生徒会室を私物化しているから。それはもうどうしようもないことだから、せめて使わない書類を整理しようと思って」
「あ、すいません。そういうの、俺がやるべきことですよね」
「い、いいの。河野さん、忙しそうだし」
「でも」
と言いかけた貴明だが、ふ、と今でもできることはあるな、と思い言い直した。
「なら、その荷物だけでも俺が運びますよ。印刷室ですよね。ついでに持って行って、終わったら生徒会室で残りを手伝います」
書類をしまっておく場所は心得ているし、印刷室は職員室の隣だ。見た感じ大した容積でもなさそうだし問題ないだろう、と提案する貴明に、やっぱりささらは遠慮した。
「いいのよ。重くなってしまうし」
「大丈夫ですって。これも見た目ほど重くないんですよ、ほら」
と片手でダンボールを腕に乗せてみせ、空いた手でささらの持つ箱をひょい、とその上に載せた。
「もう、河野さんったら……なら、半分こしましょ」
貴明の行動に苦笑いを浮かべつつ、ささらは隣に立って箱の下に手を添える。
さほど大きくはない箱を両脇からでなく、並んで持つ態勢になったせいで、ぴったりとくっついたささらの体温まで感じられるような気がして、貴明の鼓動が跳ね上がる。
「え、あ、あの、久寿川先輩?」
「なにかしら」
ふわり、と鼻先を掠める香が、環ともこのみとも違って。より強く貴明に女性を感じさせた。
「あ、あの、近すぎて、その」
「……っ、ご、ごめんなさい。くっつくの、いや、よね」
顔を伏せる。
もはや当然なのだが、どんな男子でも一発で堕ちるそれに耐えられるのならば、貴明だってヘタレだの何だのと言われはしないのだ。
「い、いえいえいえ! じゃ、じゃあ、は、半分こ、しましょうか」
「はい!」
にっこり笑うささらに、『静まれ、静まれ』と何かがなんとか収まるよう、呪文のように繰り返すほかに術を持たない貴明だった。
はあ、と溜息をつくと、環は手を開いた。
途端にドサリ、となにかが地面に落ちる音がする。このみが苦笑いであはは、と笑っているのもいつものことだから、もう説明の必要もないものと思われる。
「でも、どうしようかしらね。結局、この愚弟は何の役にも立たなかったわけだし」
「う〜ん……あ、そうだタマお姉ちゃん」
なにかを思いついたように、ぱぁっと顔を輝かせるこのみ。先ほどの環と同様、2年の早瀬良和ほか6名が顔を赤らめるが、本人はまるで意識をしていない。
「中身でせめてみるってのは、どうかなぁ」
「なかみ? ああ、性格ってことかしら」
ふむ、と頷きつつ早速行動を開始する。具体的には、地面に這いつくばった雄二の襟首を掴んで(片手で)引っ張りあげる。ちなみに雄二の体重は65Kgだ。
ぐぇぇ、と堵殺直前の豚みたいな声をあげると、
「絞まる、絞まる、ていうか絞まってるぅっ!!」
何気ない(?)仕草の中に潜む殺意。この姉、更にできるようになった。
と思ったがどうか知らないが、雄二がじたばたと暴れる。手を離した環に「け、この怪力暴力女め」と心中で毒づくと立ち上がって制服についた、ほこりを払った。
「はいはいわかった、わかりましたよ。性格でちび助のインパクトを強くできる方向にすりゃいいんだろ」
「そうね。明るく、素直で可愛らしいこのみから……えっと、そうじゃないインパクトってなにかしら?」
首を捻る。
「性格、つまりキャラ付けってことだろ。そうだな……幼馴染、妹ってセンはそのまんまだし、近所のお姉さんってのは貴明も姉貴で懲りてるだろうし」
相変わらず余計な一言が多い。ぴくり、と環の肩があがる。
「ロリ、癒し系……も今と対して変わらんな。委員長はすでにいるし、そうすると……」
環とこのみが興味深げに見守る中、雄二は想念を巡らせていく。想念というか妄想というか。あれもダメ、これもダメ、と消していくと、貴明の周りには大概の萌えキャラが揃っていることを改めて気づかされる。しかも、どれも極上だ。
それなのに貴明は誰に対しても同じような態度で、一向に恋愛対象としての興味を示さない。
—— 殺意が湧いた。
いや、その中でも雄二が見る限り、環とこのみの幼馴染「姉妹みたい」コンビ、ドジっ娘委員長、不思議系癒し少女、儚げな生徒会長、の5人はどうやら別格のようだが。
この辺りの観察力というか盗撮、もとい洞察力はさすが姉弟だった。
うーむ、と唸っていた雄二が、はたと思い当たる。
「そう言えば」
その声に環とこのみの目が輝く。
「何か思いついたみたいね」
「なになに、ユウくん」
詰め寄る2人にちょっと引く。
自分のことであるこのみはともかく、姉貴は何なんだよ……ってそうか、うまくいったら後で自分もってつもりだな。
「う、まあ、ちび助ならバッチリだな。かなりインパクトあると思うぜ」
自信あり気に。
「ちび助に足りないインパクト、それはだな」
「それは?」
ニヤリ、と。
「ツンデレ、だ!」
後編へ続く。