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桜の季節を通りすぎ、夏の風が近づいてきた。
冬服を来た期間がひどく短く感じたけれど、それは単に実際の日数の問題だけではないような気がする。
控えめな表現をすれば、「発育があまりよろしくない」自分としては、露出度の高い夏服が好きであるとはいいがたい。姉と一緒なら特に。まったく、何食べたらあんなに……って、それは言うまでもないか。

とにかく。
私はまだこれからなのだ。む、胸とかも、あれだ、もうちょっとしたら今食べてる分がきっと、アレになるのだ。多分。
……いや。
私は、ではない。
私たちは、だろう。
私たちはこれからだ。まだ何も決まっていない、決めなくてもいい時期がいつまで続くのかわからないけれど、何かが決まる前にすべてが終わってしまうかも知れないけれど、今はそれでいいのだろうと思う。
傷つくことを恐れて逃げているだけではどうにもならないけれど、だからと言って何もかもを急がなくてはならないということもない。
少なくとも今は、来週から始まる期末考査と、その後に続く夏休みの予定だけを心配していればいい。

私たちは、やっと始まったばかりなのだから。

ToHeart2 - moratorium(epilogue)

バカだバカだと思ってはいたけれど、ここまでバカだったとは。
そう郁乃は溜息をついた。
どちらのことかと言えば、そう、姉も貴明もどちらもだ。
「まあ、私もバカの1人なのかも知れないけど」
はあ、と大きな溜息をつきながら時計を見る。昨夜は珍しく興奮して眠れなかった。浅い眠りでうとうとしただけだったと思うのだけれど、その割には頭ははっきりしている。
朝、起こしに来た姉の「え、郁乃が……」とその続きを聞かなくてもわかるような絶句の仕方をしたのが非常にムカついたが、とにかく今日は機嫌がいいので許すことにした。

「結構頑張ってくれたしね」
施術後のリハビリから今日まで、思うように動けない郁乃の世話をしてくれたのはやっぱり姉である愛佳だったのだから。それともう1人、何かを割り切ったかのような晴れやかな表情をした貴明も。
「何を割り切ったんだか、ってのはもうわかってるけどさ」
そこに彼の幼馴染であるところの、やたら軽いけれどバカではないあの男が絡んでいることは間違いないだろう。
そう思いながら制服に腕を通す。
リボンを結んで、さっき確認したけれどもう一度鏡の前で髪型をチェック。
あちこちをしつこいくらいに眺め回して、おかしな所がないことを確かめてから鞄を手に取る。
そんな姿にきっとあの姉だったら、うるうるとしながらも複雑な表情でからかってくるに違いない。「たかあきくんに見せたいんだね〜」なんて。
それだけは遠慮蒙りたい。
折角の初登校日——そう、今日からようやく彼女は高校1年生になる。名実ともに。
入学だけはしていたものの、この制服を身に纏うのは初めてなのだ。だから、その、初めての制服姿を貴明に最初に見せたいと郁乃が思ったところで誰が責められよう。

や、別にそれは姉が言うような浮ついたものではきっとなくて。うん、ただそう……あいつも頑張ってくれたんだし。そのお礼っていうか? 姉と私の間がぎくしゃくせずに済んだのも、百歩も二百歩も譲ってあいつのおかげってことにしてもいいんだし。なにせ、姉妹揃って玉砕ならまだしも、どちらかが選ばれてしまったら、そうそう聞き分けのいい人間なんていやしないんだから、小説やドラマなんかにあるみたいに選ばれなかった方が悲しみながらも祝福するなんてきれいごと、あるわけない。だから、うん、倫理的にどうかという問題はさておき、とても人間的には正しい収束だったと思う。独占欲は仕方ない。そんなの、姉か私のどちらかが選ばれた場合にだってあるものなんだから、どんなかたちで納まろうと同じことだ。そういうわけだから、制服姿を最初に見せたいってのは、ほら、あれよ、つまりお礼。

と、誰に聞かせるでもないのにわたわたと言い訳をする。
しかも辻褄が合わないし、意味もわからない。
もちろんここは郁乃の部屋で。
貴明に最初に見せたいから、と姉である愛佳まで締め出しているわけで。
つまり、郁乃1人しかいないのだから赤くなった顔を隠す必要も、その言い訳をする必要もないのだけれど。

ふう、と溜息をついて気を静める。
と、
『いくのぉ〜、たかあきくん、きたよー』
愛佳の声が、これはもうひらがなで表現する他ないだろう、と思えるくらいにのっぺり嬉しそうに階段を上ってくる。
はぁ、と今度は呆れた溜息をついて、
「わかった!すぐ行くからちょっと待ってて」
彼女にしては珍しく大きな声で返す。これはもちろん、愛佳が貴明を連れて郁乃の部屋まで来ないように、という予防線だ。あの姉は何をしでかすやら、妹の郁乃ですら予測つかない行動に出たりすることがあるから。
そう、あの時、自分でもまるで気づいていなかった郁乃の気持ちをさっくりと言い当ててしまったように。

鏡を見ながら最後のチェック。
もうあいつに冷たいフリをする必要ないとは言え、長年の病院生活で作り上げられてしまったこの性格はなかなか変わらない。だからきっと、あいつに会ったら「別に、あんたのために着た訳じゃないし」とか言ってしまいそうだ。
まあ、それでもあのバカは笑って頭を撫でてくれるんだろうけど。
そこまで考えて再び頬を染める。いや、そんなレベルではない。
「あー、もうっ!」
ぶんぶんと頭を振って、いつの間にか感染してしまった姉の妄想癖を振り払う。
すると、
「あああっ!髪があーっ」
当然、こうなる。
ぶつぶつと呟きながら髪型をもう一度整え、ついでに制服も確認。
『いーくーのー、まだー?』
「はいはい、今行くってば」
痺れを切らした様子の姉に返しながら、貴明は何て言うだろうか、と思う。
彼がどう言おうと、きっと素直になれない自分がいるのだろうけれど。

「ま、いいか」
晴れ晴れとした表情で郁乃は鏡の向こうの自分に笑いかける。
この先はどうなるかわからない。
素っ気無い態度をとってしまう自分が変わってしまうのか。
彼が結局どちらかを選んでしまうのか。
このまま3人で同じ時を過ごしていくのか。
不確定要素ばかりで何ひとつ確実なものなんてないのだけれど、今はとりあえず、あの時貴明が言った言葉と自分の気持ちだけを信じていこうかと思う。

女の子が苦手だった彼と。
男の子が苦手だった姉と。
病気で、すべてのことについて一歩遅れてしまっている自分と。

そんな3人に、人よりも少しだけ後に訪れた、モラトリアムなのだと思うから。
貴明と愛佳と郁乃、3人はまだまだ、

「はじまったばかり、だもんね」

<あとがき>
QueenのBicycle race、PVで出てくる前輪が凄いデカイ自転車あるじゃないですか、あれ、乗ってみたいんですよ。……まあどうでもいいことなんですが。

分割した割には短いですが、お楽しみ頂ければ幸いです。
そんでもって、できればWeb拍手とか頂けると嬉しいです。コメントなんか貰えると更に嬉しいです。……うん、何かこう、反応ないと寂しいよね(遠い目)。

え? 前編冒頭の、貴明の答えは何だったのか?
……ご想像にお任せします。め、面倒になったとかじゃないんだからねっ!

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